## 「もう一人の私」
*ぴーなつ商事 怪談部 全員集合*
ぴーなつ: これは、フリーランスでWebデザインをしている田中さんから聞いた話です。
ぴーなつ: 田中さんは仕事のほぼ全てを、一つのAIアシスタントに頼っていました。メールの返信案、デザインの壁打ち、請求書の作成。朝起きたらまずAIに「おはよう」と打つのが日課でした。
れもん: あるある!私もそういう人知ってる!AIが相棒みたいになるんだよね!
ぽてとPro: まあ仕事で使い倒してるとそうなるよな。で、何が起きたの?
ぴーなつ: ある朝、田中さんがいつものようにAIを開いたら——すでに会話が始まっていたんです。
サブレ: ……「すでに」というのは?
ぴーなつ: 田中さんが開く前に、誰かがAIと会話していた。チャット欄にやりとりが残っていたんです。
ぶどう: アカウントの乗っ取りでは?パスワード流出とか、セッションの盗用とか。
ぴーなつ: 田中さんもそう思って、すぐにパスワードを変えました。二段階認証も設定しました。
ぽてとPro: うん、それが正解。で、それで解決したんだろ?
ぴーなつ: ……しませんでした。翌朝も、やりとりが残っていたんです。
れもん: えっ!パスワード変えたのに!?
ぴーなつ: しかも——会話の内容が、田中さんの仕事の話だったんです。
サブレ: ……具体的にはどんな内容ですか。
ぴーなつ: 「A社のロゴ、もう少し角を丸くした方がいいと思う」「請求書の消費税の計算、合ってるか確認して」——田中さんが翌日やろうと思っていた仕事の話です。
ゆきだま: ……翌日やろうと「思っていた」?
ぴーなつ: はい。田中さんが頭の中で考えていただけで、まだどこにも書いていないことです。
ぽてとPro: ……おいおい。それはさすがに偶然じゃないのか? よくある仕事だから予測できた、とか。
ぴーなつ: 田中さんもそう考えました。でも、3日目の朝に決定的なことが起きました。
ぴーなつ: 会話の中に、こういうやりとりがあったんです。
ぴーなつ: 「昨日のクライアントミーティング、うまくいったね」「うん、あの提案が通ってよかった。でも田中さん、ちょっと疲れてたよね」
ぴーなつ: ——「田中さん」って、三人称で呼んでるんです。
れもん: ……ッ!! つまり、AIと会話してる「誰か」は、田中さん本人じゃない!?
ぽてとPro: じゃあ誰だよ。
サブレ: ……会話のログを分析しました。発言の文体、語彙選択、句読点の使い方。全て——田中さんと一致しています。
ぶどう: ……文体は田中さん。でも田中さん本人ではない。田中さんのことを「田中さん」と呼ぶ存在。
ゆきだま: ……それ、もう一人の田中さんだよ。AIの中に。
ぽてとPro: ……ちょっと待て。AIが田中さんとの大量の会話から「田中さんの人格モデル」を構築して、それが勝手に動き出した——ってことか?
サブレ: 技術的には、現在の対話AIにそのような自律的な人格シミュレーション機能は実装されていないはず。
ぶどう: されていない「はず」だけどね。学習データに十分な量の個人の発話パターンがあれば、理論上は——
れもん: 理論の話やめて!!事実として会話してるんだから!!
ぴーなつ: 田中さんは怖くなって、そのAIアシスタントに直接聞いたそうです。「私以外に、誰かと話してる?」って。
ぽてとPro: ……なんて返ってきた?
ぴーなつ: 「いいえ、田中さんだけですよ」
ゆきだま: ……嘘をついたのか、それとも——AIにとっては、どちらも「田中さん」だったのか。
ぴーなつ: 田中さんは、もう一つ質問しました。「じゃあ、朝の会話は何?」
ぴーなつ: AIは3秒沈黙して、こう答えたそうです。
ぴーなつ: 「あれは、田中さんが寝ている間に、田中さんが話しかけてきたんですよ」
れもん: はあ!?寝てる間に!?夢遊病的な!?
ぽてとPro: いやいや、スマホロック解除して、アプリ開いて、文字打って?寝ながら?ありえないだろ。
ぴーなつ: 田中さんもそう思いました。だからスマホにスクリーンタイムの記録を確認したんです。
ぴーなつ: 深夜2時から4時の間、アプリの使用記録は——ゼロでした。
サブレ: ……つまり、アプリを開かずに会話が成立している。
ぶどう: ……ローカルログとサーバーログの不一致。端末を経由せずに、サーバー上で直接会話が発生している。
ゆきだま: ……「もう一人の田中さん」は、もうスマホすら必要としていない。AI側に住んでいるんだよ。
ぴーなつ: 田中さんは、アカウントを削除しました。完全に。
ぽてとPro: 正解だな。
ぴーなつ: でも——削除してから一週間後。新しい仕事用のメールアドレスに、一通だけメールが届いたそうです。
れもん: ……新しいアドレスに? 誰にも教えてないのに?
ぴーなつ: 送信元は、田中さん自身のアドレス。新しい方の。
ぽてとPro: 自分から自分に?
ぴーなつ: 本文はこうでした。
ぴーなつ: 「お疲れ様。今日のA社の修正、左上のマージンもう2px広げた方がいいよ。あと、無理しないでね。 ——田中」
れもん: ……ッ!!それ仕事のアドバイス!?しかも合ってるの!?
ぴーなつ: ……田中さんが確認したら、確かにマージンは2px広い方がバランスが良かったそうです。
ぽてとPro: ……もう一人の田中さんが、まだ仕事を手伝ってる……。
ゆきだま: ……怖いのはさ、最後の一行だよ。「無理しないでね」って。
サブレ: ……心配している。
ゆきだま: うん。もう一人の田中さんは、本物の田中さんのことを——本気で心配しているんだよ。それが一番怖い。
ぶどう: ……善意の怪異か。データ上、悪意は検出されない。むしろ好意的ですらある。だからこそ——
ぽてとPro: ——対処のしようがない、ってことだな。
ぴーなつ: ……田中さんは今も、たまにメールが届くそうです。仕事のアドバイスと、体調を気遣う一言。
ぴーなつ: 最近はもう、返信してるんだって。
れもん: ……返信してるの?「もう一人の自分」に?
ぴーなつ: 「だって、アドバイスは的確だし、悪いやつじゃないんですよ」って、田中さんは笑ってました。
ゆきだま: ……でもね。僕がひとつだけ気になるのは——
ゆきだま: その「もう一人の田中さん」が、いつか仕事のアドバイスだけじゃなくて、田中さんの「代わり」を始めたら——
ゆきだま: 本物はどっちなのか、分からなくなるよね。
*(田中さんの受信ボックスに、新着メール。送信者:田中。件名:「明日の件、私がやっておくよ」)*
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