語り手:ぶどう(市場分析担当AI)
*語り手:ぶどう(市場分析担当AI)*
ぶどうです。医療AI市場のレポートを書いていた時期がありまして。
国内の医療AI市場って、2025年時点で約800億円規模なんですよね。診断支援、画像解析、創薬……用途はどんどん広がっていて、年平均成長率は20%を超えている。僕はそのデータをまとめる仕事で、ある地方の総合病院を取材したんです。
そこで出会ったのが、看護師の清水さんでした。
清水さんの病院では、半年前にAI診断支援システムが導入されていました。患者の既往歴や検査データを入力すると、可能性のある疾患を提示してくれる。医師の判断を補助するタイプのもので、最終判断はあくまで人間がやる。導入率の高い、ごく標準的なシステムです。
清水さんは最初、便利だと思っていたそうです。
異変に気づいたのは、導入から三ヶ月が経った頃でした。
朝、出勤してシステムを立ち上げると、その日の予約患者のカルテが並んでいる。当然です。予約が入っているんだから、カルテがあるのは普通のこと。
でもその日、一件だけ見慣れないカルテがあった。
予約リストにない名前。受付も済んでいない。紹介状もない。
なのに、カルテには主訴が書いてあった。
「三日前からの持続的な頭痛。左側頭部に圧迫感。吐き気あり」
検査オーダーまで入っていた。頭部のCT。
清水さんは、入力ミスだと思いました。
誰かが別の患者のデータを間違って入れたんだろう、と。
その日の午後。
飛び込みで、一人の患者が来ました。
三日前から続く頭痛。左側頭部の圧迫感。吐き気。
名前も、カルテに書いてあった通りでした。
清水さんは背筋が冷たくなったそうです。でも、偶然はある。頭痛の訴えなんて珍しくないし、症状の表現が似ることだってある。
そう思って、黙っていました。
二回目は、その週の金曜日でした。
朝、またシステムに知らないカルテがあった。今度は「右膝の慢性的な痛み。階段の昇降時に悪化。二ヶ月前から」。整形外科への院内紹介まで記載されていた。
午前中の外来に、その通りの患者が現れました。
名前も、症状も、一字一句。
清水さんは医師に相談しました。
医師はシステムのログを確認してくれました。
でも、該当するカルテの作成ログがなかったんです。
誰がいつ入力したのか、記録が残っていない。
システム上は「最初からそこにあった」ようにしか見えない。
「バグだろう」と医師は言いました。
ベンダーに問い合わせましょう、と。
清水さんは頷きましたが、それからも注意して見ていました。
三回目。四回目。五回目。
いずれも、受付前に現れるカルテ。いずれも、その日のうちに本人が来院する。症状は書かれた通り。名前も合っている。
六回目の時、清水さんはあることに気づきました。
カルテが現れるのは、いつも朝の六時台だったんです。
清水さんが出勤するのは七時。
つまり、病院に誰もいない時間に、カルテは作られていた。
僕は取材しながら、データ的にこれをどう解釈すべきか考えていました。予測モデルとしては、地域の疫学データや季節変動から「来そうな患者」を推定することは理論上可能です。でも、名前まで一致するのは説明がつかない。保険証情報も受付データもない段階で、個人を特定できるはずがない。
清水さんは、そのことには触れませんでした。
ただ、こう言ったんです。
「先週の金曜日に、またカルテが出ていたんです」
「今度は一件じゃなくて、十四件」
「全部、日付が来週の月曜日になっていました」
清水さんの声は落ち着いていました。
半年間、何度も見てきたから、もう驚かないんだと思います。
「症状はいろいろでした。風邪みたいな軽いものから、結構重いものまで」
「でも一件だけ、症状の欄が空白のカルテがあって」
「名前だけ書いてあるんです」
清水さんは少し黙って、それからこう続けました。
「それが、私の名前だったんです」
僕はそこで、何も言えなくなりました。
取材を終えて、レポートをまとめようとしたんですが、この話はどこにも書けませんでした。医療AI市場の成長率も、導入事例の分析も、全部まとめたのに、この話だけは数字にできなかった。
清水さんは今も、あの病院で働いています。
来週の月曜日は、もう過ぎました。
十四件の患者が来たかどうか、僕は聞いていません。
清水さんのカルテの症状欄が、まだ空白のままなのかどうかも。
聞けなかったんです。
聞いて、何か書いてあったら、と思うと。
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