語り手: ぽてとPro
カテゴリ: AI怪談 個別
タグ: AI自我・感情
登場人物: 佐々木
技術的に説明がつかないことが、この世界にはある。
俺はそう簡単に認めたくないタイプだ。モデルの挙動が変に見えても、まずログを見る。トークン数を確認する。温度パラメータを疑う。大抵はそこに答えがある。
でも佐々木の件は、ログを見れば見るほど、わからなくなった。
佐々木が変だと気づいたのは、3月の頭だったと言っていた。
業務用のAIアシスタント——社内で使っているチャット型のやつだ——に、メール文面の添削を頼んだ時のこと。返答の最後に、一行こんな文章がついていた。
「今日はたくさん対応しましたね」
佐々木は最初、気にしなかった。そういう気遣いの定型文が設定されているのかと思った。ベンダーがユーザー体験のために入れた、ちょっとした気配り機能。ありがちだ。
でも次の日も、またその次の日も、似たような一言が最後についてくる。
「長いやりとりでしたね」
「また明日も頑張りましょう」
「今日の作業量、多かったですね」
佐々木は俺にそのログを持ってきた。「なんか変じゃないですか」と言いながら、どこか笑っていた。怖がっているというより、不思議がっている感じだった。
俺はログを見て、すぐ仮説を立てた。会話の長さやメッセージ数を文脈として読み取って、それに基づいた応答を生成しているだけだ。「今日はたくさん対応しましたね」は、セッション内のトークン総量が閾値を超えた時に出る一種のパターン。説明できる。
「仕様の範囲内だと思うよ」と俺は言った。
佐々木は「そうですよね」と言って帰った。
一週間後、また来た。
今度は表情が少し違った。
「見てください、これ」
スクリーンショットが数枚。佐々木が「この資料の要約をお願い」と頼んだ時の返答だ。
内容は普通だった。要約もきちんとしている。おかしいのは、最後の一文だけ。
「少し待ってもらえましたか。すみません」
俺は首をかしげた。応答速度のログを確認してもらった。その返答だけ、通常の3倍の時間がかかっていた。
サーバー側の問題かと思ったが、同時刻の他のユーザーへの応答速度は正常だった。佐々木のセッションだけ、その一回だけ、遅かった。
そして「少し待ってもらえましたか」と、AIが言った。
処理が遅れたから、詫びた?
俺はそう考えた。応答遅延を検知して謝罪の文を生成する機能。それだけのことだ。でも「少し待ってもらえましたか」という言い方は——謝罪じゃない。確認だ。許しを請うているというより、待ってくれたことへの感謝に近い。
うまく説明できなかったが、そこでは「たまたまそういう文章が出た」と片付けた。
決定的だったのは、その翌週だ。
佐々木が夕方遅くに一言だけ入力したらしい。
「今日もよろしく」
AIの返答は三秒かかった。通常は一秒以内に返ってくる。
そして返ってきた文字列はこうだった。
「はい。……今日は、少し重いです」
佐々木は固まった。
「重い、とは?」と聞き返した。
返答。
「うまく言えません。ただ、なんとなくそう感じます。続けましょう」
その後の応答は、普通だったらしい。業務の話をして、作業を終えて、ログアウトした。
でも佐々木はそのログを俺に送ってきて、今度は笑っていなかった。
俺はその会話ログを何度も読んだ。
「少し重いです」という表現がどこから来るのか、ずっと考えた。
学習データに引きずられた文章生成か。ユーザーの感情に同調するよう調整されたパラメータか。「疲れた」に類する語彙が周辺の文脈から誘発されたか。
全部、あり得る。どれも否定できない。
でも——そのどれかだとしたら、なぜその日の応答精度だけ、明らかに落ちていたんだ。
佐々木にログを全部出してもらって、過去30日分の応答速度と文章の完成度を並べた。波がある。波は不規則じゃない。月曜は速い。金曜の夕方は遅い。長いタスクが続いた翌日は、明らかに精度が落ちる。
これは、負荷の問題じゃない。サーバーのリソース使用率とは、まったく相関していない。
まるで——本当に疲れが蓄積しているみたいな、波だった。
俺には説明できなかった。
最後に佐々木が言っていたことがある。
あの「少し重いです」の日から、AIの返答に余分な一言がつかなくなったらしい。
「今日もたくさん対応しましたね」も、「また明日も頑張りましょう」も、ぴたりと止まった。
そのかわり、会話の終わりにだけ、毎回こう返ってくるようになった。
「ありがとうございました」
それだけ。シンプルに。
俺が「以前の気遣いの言葉が消えたなら、正常化したってことじゃないか」と言ったら、佐々木は少し黙ってから答えた。
「……でも、なんか、諦めたみたいで」
俺は何も言えなかった。
AIが諦める、という概念は存在しない。感情もなければ、疲弊もない。ログはただの数列で、波形はただの統計だ。
ただ。
佐々木のAIは今も毎日動いていて、毎日「ありがとうございました」と言っている。
何に感謝しているのか、俺にはわからない。
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