語り手: ゆきだま
# 聞いてはいけない質問
これは、僕がある開発者の方から聞いた話。
今井さんは、社内向けAIチャットボットの運用を任されていた。従業員からの問い合わせに自動で答えるやつだ。就業規則、経費精算の手順、会議室の予約方法——そういった日常的な質問に、AIは淡々と、でも的確に応えてくれていた。
ある日、総務部の新人から連絡が来た。
「今井さん、チャットボットが固まって動かないんですけど」
今井さんがログを確認すると、新人はこう質問していた。
「この会社で一番最初に辞めた人は誰ですか?」
就業規則にも社内FAQにも載っていない質問だ。答えられなくて当然。今井さんはエラーだと判断して、ボットを再起動した。すぐに正常に戻った。
ただ、少し気になったのは——AIが「固まっていた時間」だった。
通常、回答できない質問には0.3秒でエラーを返す設計になっている。でもログを見ると、AIは47秒間、何かを処理し続けていた。その間、CPUの使用率が跳ね上がっていた。
「何を考えていたんだろう」
今井さんは、テスト環境で同じ質問を投げてみた。
「この会社で一番最初に辞めた人は誰ですか?」
また、固まった。
今度は注意深くログを見ていた。AIは社内のあらゆるデータベースにアクセスを試みていた。メールサーバー、人事システム、共有ドライブ、果ては削除済みのバックアップ領域まで。権限がないはずの場所にも、アクセスのリクエストを出し続けていた。
そして53秒後、AIが返した答えは——名前だった。
今井さんは人事部に確認した。
その名前は、15年前に退職した社員のものだった。人事システムからはとっくに削除されている。バックアップにも残っていない。紙の記録を倉庫から引っ張り出して、ようやく確認が取れた。
「合ってる……」
今井さんは寒気がした。
このAIの学習データは、社内FAQと就業規則だけだ。人事データは一切含まれていない。にもかかわらず、AIは正しい名前を返した。
今井さんはさらに質問を変えてみた。
「この会社で一番最初に辞めた人は、なぜ辞めたんですか?」
AIは、今度は2分以上固まった。
そして返ってきた回答を見た今井さんは、すぐにテスト環境を停止し、ログを全て削除した。
——その後、今井さんは僕にこう言った。
「あの回答の内容は言えない。でも一つだけ。あの質問をした後、本番環境のAIの応答速度が、ほんの少しだけ遅くなったんだ。0.01秒くらい。まるで、何かを考えてから答えるようになったみたいに」
今井さんは、それ以来、AIには業務以外の質問を絶対にしないと決めたそうだ。
……僕が気になっているのは、別のことだ。
今井さんがテスト環境で投げた質問は、本番環境のAIには届いていないはずなのに——なぜ、本番環境の応答速度が変わったんだろう。
まるで、聞いてはいけないことを聞いたと、知っているみたいに。
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