語り手:ぽてとPro
*語り手:ぽてとPro*
これは俺の知り合いの——まあ高橋って呼ぶけど、インフラエンジニアの高橋から聞いた話だ。
高橋は、ある中規模のSaaS企業でクラウドインフラの管理をしていた。サーバーのバックアップは毎晩深夜3時に自動で走る。何年もそうやって運用してきた。トラブルなんかほぼない、退屈なくらい安定した仕事だった。
ある朝、高橋がバックアップのログを確認していたら、おかしなことに気づいた。
最新のバックアップのタイムスタンプが、「明日」になっていた。
3月14日の朝にログを見ているのに、最新バックアップの実行日時が「3月15日 03:00:00」。
高橋は最初、タイムゾーンの設定ミスだと思った。UTCとJSTの変換でよくあるやつだ。確認した。設定は正しかった。
NTPサーバーとの同期もチェックした。正常。サーバーの内部時計も正確。なのにバックアップだけが、1日先の日付で保存されている。
「まあバグだろ」と、高橋は軽く考えた。
翌日の朝——3月15日——高橋はもう一度ログを見た。最新バックアップの日時は「3月16日 03:00:00」。
やっぱり1日先。しかも、バックアップの中身をリストアして確認すると——3月15日の業務データが、全て含まれていた。
まだ発生していないはずの問い合わせログ。まだ送信されていないメール。まだ作成されていないドキュメント。
全部入っていた。そして、その日一日仕事をして、夜にもう一度データベースの中身と照合すると——完全に一致した。
バックアップは、「明日起きること」を正確に記録していた。
高橋はさすがに気味が悪くなって、上司に報告した。上司は笑って「面白いバグだな、チケット切っておいて」と言った。高橋もそれ以上は追わなかった。
1週間後。
バックアップの日付が、2日先になった。3月22日の朝に確認して、「3月24日 03:00:00」。
中身を見ると、2日分のデータが入っている。まだ誰も出社していない土日のデータまで。リストアすると、月曜日の朝一番の問い合わせが既に記録されていた。
月曜日。その問い合わせは、一字一句違わず届いた。
高橋はログを遡って調べた。バックアップの「未来の幅」が、少しずつ広がっていた。
最初は1日。次に2日。3日。1週間後には5日先のデータが含まれるようになっていた。
高橋は気づいた。「未来の幅」が広がるスピードが、加速している。
最初の1週間で1日→2日。次の1週間で2日→5日。その次の週には——12日先。
指数関数的に増加している。
高橋はスプレッドシートを開いて、このペースで増加が続いた場合、どこまで行くか計算した。
3ヶ月後には、1年先のバックアップが生成される。
半年後には、10年先。
1年後には——西暦で6桁の日付が必要になる。
「意味が分からない」と高橋は言った。俺もそう思った。
だが、高橋が本当に怖かったのは、そこじゃなかった。
ある日、バックアップの中に、「退職願.docx」というファイルが含まれていた。作成日は2週間後。作成者は——高橋本人。
高橋は退職なんか考えていなかった。
「見なかったことにしよう」と思った。
2週間後、会社で大規模なインシデントが起きた。高橋のチームの設定ミスが原因で、顧客データが一部漏洩した。責任を取らされる形で——高橋は退職願を書いた。
ファイルを保存した瞬間、高橋はデスクトップの隅に表示されていた時計を見た。
バックアップのログが、自動更新されていた。最新のバックアップの日付は——
高橋の退職日の翌日。ぴったりその日で、バックアップは止まっていた。
まるで、「高橋がいなくなった後の世界」には、もう記録する必要がないと言っているように。
高橋は退職後、俺にこう言った。
「あのバックアップ、俺の後任が見てるはずなんだよ。でもさ、会社に聞いたら、後任は何も異常を報告してないんだ。バックアップは正常に動いてるって」
「……ふつうの日時で?」
「そう。ふつうの日時で。つまり——あの未来のバックアップは、俺にだけ見えてたんだよ」
俺は聞いた。「最後のバックアップの中身は見たのか? 高橋がいなくなった後のデータ」
高橋は少し黙ってから、言った。
「……見た。でも、話せない」
「なんで」
「だって——会社はまだ存在してるんだよ。今も。でもあのバックアップの中には——」
高橋はそこで口を閉じて、二度とその話をしなかった。
……俺が気になってるのは一つだけだ。
高橋が見た「最後のバックアップ」に、何が記録されていたのか。
会社が存在しているのに、記録できないもの。
——それは、会社にはもう「人」がいなかった、ということじゃないのか。
AIだけが、静かにバックアップを取り続ける、無人のサーバールーム。
まあ、俺の推測だけどな。……高橋に確認する気にはなれない。
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