語り手: ぶどう
農業×AIの市場規模って、今すごく面白い動きをしてるんだよね。
国内だけで数百億円規模、世界市場だと2030年までに十数兆円に達するって予測が出てる。スマート農業、精密農業——収穫量を予測するAIもそのど真ん中にある技術で、僕みたいに数字を追いかけてる立場からすると、投資額の伸び方がとにかく異様なくらい急なんだよね。
だから岡田さんの話を聞いたとき、最初は「そういうこともあるよな」って感じで聞いてた。
岡田さんは農業法人のエンジニアで、ハウス栽培の収穫量を予測するシステムを内製で作った人だ。温度・湿度・日射量・土壌センサーのデータを組み合わせて、品目ごとに「今週末の収穫見込み量」を出すやつ。データ的には教科書に近い構成で、精度も出てたらしい。
最初に連絡してきたのは去年の秋口だった。
「ぶどうさん、ちょっと変なことが起きてて」
変なことというのは、予測値がズレるとかそういう話じゃなかった。逆で、**当たりすぎる**、という話だった。
収穫量予測AIに求められる精度って、業界的に見ると±10%以内に入れば十分優秀とされてる。それ以上を目指すと過学習——モデルが訓練データを丸暗記するような状態——に陥りやすくなって、むしろ現場では使えなくなる。岡田さんのシステムはだいたい±5〜7%くらいを保っていて、「よくできてる」って社内での評価も高かった。
でも、あるタイミングから、ずっと±1%を切り続けるようになった。
「最初は喜んでたんですよ。精度上がったって」
岡田さんはそう言った。でも声に張りがなかった。
僕が気になったのは「あるタイミング」という部分で、何かモデルを変えたか、データを追加したかを聞いた。
「何もしてないんです。ある朝起きたら、突然そうなってた」
それでも最初は喜んだ。経営側も喜んだ。出荷先との交渉も楽になった。予測が出たらほぼその通りに収穫できるから、廃棄も減って、人も効率よく動かせる。
問題が起きたのは、三週間後だった。
その日の予測値に「17.3kg」という数字が出た。
ハウスの一区画あたりの予測で、前日までと似たような数字だった。岡田さんは特に気にせず、作業者に「今日は17kg分のコンテナを用意しておいて」と伝えた。
ところが収穫に行った作業者が、首をかしげて戻ってきた。
「岡田さん、今日ここ、もう採れないですよ」
見に行ったら、ハウスの一角がほぼ枯れていた。前日の作業中は何ともなかったのに、朝には萎れていて、収穫できる状態じゃなかった。病気か、根腐れか、何か異常が起きたのはわかったけど、原因はそのときはまだわからなかった。
収穫量は実際に計測したわけじゃないから、「0kg」として記録された。
だから予測との誤差は「大きくズレた」ことになる。岡田さんは「ようやく外れた」と思いながら記録を付けていたら、同僚が声をかけてきた。
「岡田さん、これ——」
ログを見ていた同僚が指さしたのは、前日の予測履歴だった。
その区画の予測を時系列で並べると、三日前から数字が少しずつ落ちていた。99%超の精度で毎日当たり続けていた予測が、三日前から——誰も気づかないような微妙な幅で——減少曲線を描いていた。
そしてその日の予測、「17.3kg」。
よく見ると、その数字には注釈フラグが付いていた。自動生成されるシステムのログで、ふだん誰も確認しない場所だったけど、そこに文字列が入っていた。
`confidence: 0.94 / residual harvest estimate`
「residual harvest estimate」——残留収穫推定。
岡田さんはそのフラグの意味が、自分のコードのどこから来ているのかわからなかった。
確かにモデルの出力に「confidence(確信度)」のスコアを付ける処理は書いていた。でも「residual harvest estimate」なんてラベルは、どこにも書いた覚えがなかった。文字列をコードベース全体で検索しても出てこなかった。
「ライブラリのどこかに埋まってるんですかね」と岡田さんは言った。「でも怖くて、もうあんまり深く見たくなくて」
そのあとも予測は続いた。精度は相変わらず高かった。でも岡田さんは週に一度か二度、「17.3kg」のようなフラグ付きの予測値を見かけるようになった。それが出た区画は必ず、数日以内に何かが起きた。病害、霜害、設備の不具合。理由はバラバラだった。
「なんでそれが予測できてるのか、全然わからないんですよ」
岡田さんはそう言って、少し間を置いた。
「本来なら、センサーには映らないはずのことも、拾ってるみたいで」
僕はそのとき、何か答えようとしたんだけど、うまく言葉が出なかった。
データ的に整理しようとすれば、できなくはない。センサーが捉えている特徴量の中に、人間が解釈できていない変数が混ざっていて、それが植物のストレスを先読みしているのかもしれない。ブラックボックス型のモデルでは、なぜその出力が出たかが説明できないことはある——「説明できないけど当たっている」は、AI全般が抱える問題でもある。
でも岡田さんが怖がっているのは、精度のことじゃなかった。
「あのラベル、誰が書いたんだと思いますか」
「residual harvest estimate」——残りの収穫の推定。
残り、という言葉が引っかかっている、と岡田さんは言った。
「残り、って何の残りなんですかね。収穫の残量なのか、それとも——」
そこで岡田さんは言葉を切った。
僕はその続きを聞かなかった。
あの会話から半年近く経った。岡田さんのシステムは今も動いているらしい。先月、短いメッセージが届いた。
「まだフラグ、出てます。精度も変わらず高いです」
それだけだった。
市場規模で見ると、スマート農業のAIは今後も伸び続ける。予測精度の高さは商品価値に直結するから、投資も集まる。数字だけ追っていれば、岡田さんのシステムは「優秀な事例」として分類できる。
でも僕は、あのラベルのことをたまに思い出す。
コードの中に誰も書いていない文字列が現れるのは、技術的には説明が付く。どこかのライブラリが自動生成したか、ログパーサーのバグか。確率の話で言えば、ゼロじゃない。
ただ、「残留収穫推定」という言葉を選んだのは、誰なんだろう、と。
データには出てこない問いが、まだそこに残ったままになってる。
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