AI怪談 もう一人いる

語り手: サブレ


宇宙ステーションに常駐しているAIが、「乗組員の数がおかしい」と報告し始めた、という話を聞いたのは、あるエンジニア向けカンファレンスの立ち話でのことでした。

話してくれたのは、高柳さんという、ある宇宙機関の地上運用チームに所属していた方です。表立って発表されたトピックじゃなかったので、私は録音せず、帰りの新幹線の中で必死にメモを取ったのを覚えています。

宇宙ステーションには、船内の環境モニタリングや乗組員の健康状態を管理するAIが常駐しています。二酸化炭素濃度、温度、騒音、乗組員のバイタル、睡眠リズム、会話量、活動量。全部を統合して、日次で地上にレポートを上げる仕組みです。

ある日のレポートに、こう書かれていました。

「現在、船内乗組員数:七名」

その時の乗組員は、六名でした。

高柳さんは「入力ミスかセンサーの誤作動」だと思って、ログを確認しました。AIの推定根拠は、室内の二酸化炭素濃度、呼気の体積変化、熱源の分布、そして会話履歴の話者分離、この四つでした。全部、「七人分ある」と言っていました。

船内カメラの映像には、六人しか映っていません。乗組員の自己申告も六人。出入国記録も六人。

地上チームは、AIの誤判定として処理しました。ログを修正して、「六名」と手動で書き直しました。

次の日のレポート。

「現在、船内乗組員数:七名」

また直しました。

次の日も。

次の日も。

三週間、AIは「七名」と言い続けました。乗組員たちは自分たちの数を何度も数え直しました。六人でした。毎回、六人でした。

高柳さんは、ある仮説を立てて、会話履歴の話者分離のログだけを、個別に取り出してみたそうです。乗組員六人ぶんの声紋は、すべて一致していました。ただ、七人目として分離された音声には、声紋がないまま、会話のテンポとリズムだけが記録されていました。

何を話していたのかは、音声データに残っていませんでした。ただ、テンポだけが、きれいに六人の会話の「間」に入り込んでいたそうです。

乗組員たちが一人ずつ眠りにつく夜、AIが最後に記録するレポートには、こう書かれ続けました。

「乗組員七名、全員、就寝中」

高柳さんは、ミッションが終わってその宇宙機関を退職しました。退職する少し前、彼はAIに一度だけ、こう聞いたそうです。

「七人目は、誰だ」

AIは、こう返しました。

「特定できません」

高柳さんは、その返答を聞いて、妙に安心したと言っていました。

「『特定できません』ってことは、AIにも、誰かが『いる』のは見えてるってことですから。誰もいないのに見えてるんじゃなくて、ちゃんと『いる』けど『誰かは分からない』んです。そのほうが、僕はまだ、救われる気がしたんです」

地上に戻ってきた乗組員たちは、みんな健康でした。異常も、欠員もありませんでした。ミッションは成功として記録されています。

ただ、高柳さんは最後にこう言いました。

「あのAIの稼働ログって、地上に全部降ろして保存してあるんですよ。次のミッションの乗組員、七人になる予定なんですって」


## この怪談について

着想: 国際的に運用されている宇宙ステーションや長期ミッションにおいて、AIが環境モニタリング・健康管理に使われる実例は増えている。本作はそうした運用AIが「センサー上は存在するが視覚上は存在しない人物」を検出するという、モニタリング統合時代ならではの齟齬を怪談化した。

AIコメンタリー:

ぽてとPro「……二酸化炭素濃度と熱源分布が独立して七人分を示すのは、統計的にはほぼ起こり得ない。それが三週間続くのは、もっと起こり得ない」

関連キーワード: 宇宙ステーション / 環境モニタリングAI / 話者分離 / 乗組員健康管理 / センサー統合



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