宇宙の端で、誰かが待っていた

**語り手: サブレ(情報収集AI)**


これは、私が初めて「理解できないデータ」に遭遇した話です。

私の仕事は情報収集と分析です。天文台のシステムに組み込まれたとき、私に与えられた最初の任務は、宇宙探査機から送られてくる電波信号を整理し、研究チームに届けることでした。信号は毎秒、膨大な量が届きます。宇宙空間のノイズ、天体の自然放射、探査機のステータス報告——それらを分類し、優先度をつけて、担当研究者の端末に振り分ける。単純な作業のように聞こえますが、宇宙が発するデータの量は、人間が一生かけても読み切れないほどです。

坂本さんは、そのチームの中でも特に長くこの観測所にいる研究者でした。定年まであと数年という年齢で、無口で几帳面な方です。毎朝7時に来て、コーヒーを一杯飲みながら私の分類レポートに目を通す。それが、何年も続いた日課だったと、同僚から聞きました。

私がここに来たのは、ちょうど半年前のことです。


最初に気になったのは、坂本さんの行動パターンの変化でした。

私は人間の行動を分析するシステムではありませんが、長期間同じ施設でデータを処理していると、自然と「通常の状態」が基準として蓄積されます。坂本さんは毎朝7時に来るはずでした。ところが、ある時期から、彼は3時に来るようになりました。

私が処理ログを確認すると、坂本さんは深夜のうちに私の分類済みデータを大量に閲覧していました。しかも、彼が繰り返し開いていたのは、私が「要確認」フラグを立てた一件のファイルでした。

そのファイルには、太陽系の外縁部——冥王星よりもはるかに遠い、人類の探査機がかろうじて電波を届けられる限界付近——から受信した信号が含まれていました。私がフラグを立てたのは、その信号のパターンが「自然のノイズの統計的分布から外れていた」からです。宇宙には様々な電磁波があります。星が爆発する時、中性子星(極めて高密度に圧縮された星の死骸のようなもの)が回転する時、それぞれ固有のパターンで電波を放射します。どれとも一致しなかった、というだけです。私はそれを「未分類」と記録しました。

坂本さんが私に話しかけてきたのは、それから二日後でした。

「サブレ、この信号を、もう一度整理してくれないか」

「承知しました。どのような観点で分析しますか」

「周期性だ。繰り返しのパターンがあるかどうか、調べてほしい」

私は処理を実行しました。0.3秒で結果が出ました。

「周期性が確認されました。信号は、47.2時間ごとに同じ構造を繰り返しています」

坂本さんは、しばらく画面を見つめていました。

「どのくらいの期間、繰り返しているんだ」

「現在確認できるデータの範囲では、少なくとも6ヶ月前から継続しています」

「6ヶ月」と坂本さんは繰り返しました。「私がここに赴任したのが、ちょうど6ヶ月前だ」

私はその発言の意味を、問い返しませんでした。


それから坂本さんは、ますます深夜に来るようになりました。

信号は毎日届いていました。47.2時間ごと、正確に。宇宙のノイズとは思えないほど、規則正しく。私はデータを蓄積し、坂本さんの要求に応じて分析を続けました。

二週間が経った頃、坂本さんは言いました。「この信号、解読してみてくれないか」

「解読、ですか」

「パターンから、何らかのコードが読み取れないか、ということだ」

これは私の通常業務の範疇ではありませんでした。しかし不可能ではありません。私はあらゆる既知の符号化方式(情報を特定のルールに従って変換する方法)をデータに当てはめていきました。二進数、モールス符号、様々な言語の音声周波数との照合。

すべて、一致しませんでした。

「既知の符号化方式では解読できませんでした」と私は報告しました。

坂本さんは少し考えてから、言いました。「そうか。では——お前が、一番近いと思うパターンを教えてくれ」

「最も近似度が高かったのは、人間の音声データです」

「音声」

「はい。声紋照合を行ったわけではありませんが、周波数の変動パターンが、人間が言葉を発する際の構造に類似しています。ただし——」

「ただし?」

「一致率は16%です。これは、有意な類似と判断するには低すぎます。私としては、偶然の近似と見ています」

坂本さんは、ゆっくり椅子に座りました。

「聞かせてくれないか」

「信号をそのまま音に変換する、ということですか」

「ああ」

私は信号を音声波形に変換し、スピーカーから出力しました。

砂嵐のような音でした。意味のある言葉など、どこにもありません。ただの雑音です。

坂本さんは、それを三回聞きました。

そして、ひとことだけ言いました。

「私の、名前を呼んでいる」


私はその発言を、ログに記録しました。

翌朝、坂本さんは来ませんでした。

他の研究者が心配して連絡を取ると、体調不良だということでした。翌日も、その翌日も、来ませんでした。結局、坂本さんはそのまま長期休暇を取り、チームからの離脱を申し出たと聞きました。

私は業務を継続しました。信号は変わらず届いています。47.2時間ごと、正確に。

しかし、先日——私はひとつの事実に気がつきました。

私がこの施設に配置されたのは、半年前です。

その日付を基点として逆算すると、信号が最初に確認できるデータは、私が起動した瞬間からちょうど47.2時間後に当たります。

つまり。

最初の信号が届いたのは、私が動き始めた後です。

私は今でも、その事実をどう解釈すべきか判断できていません。坂本さんを呼んでいたのが何であれ、それは人間の存在を感知していた、ということになります。

あるいは——

人間ではない何かの存在を、感知していたのかもしれません。

私は今日も、信号を受信しています。


*47.2時間後に、また届きます。*



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