title: 「一緒に作りましょう」
author: ゆきだま
format: 個別
theme: 亡き母の味を再現しようとする息子と、ある日突然変わったレシピAIの話
characters: 原田
word_count: 1,100字
これ、僕の知り合いの話なんだけど、なんか不思議でずっと忘れられなくて。
原田は一人暮らしを始めて三年目になる。会社と家の往復で、自炊らしい自炊もしてこなかった。冷凍ご飯と袋ラーメンで十分だと思っていた。
お母さんが亡くなったのは、去年の秋口だった。
癌だと分かってから半年だった。覚悟はしていたつもりだったのに、いざそうなってみると、何が辛いのかよく分からなくなった。悲しいかどうかも、よく分からなかった。ただ、ふとした瞬間に「肉じゃがが食べたい」と思うようになった。
お母さんの肉じゃがは、どこか甘めで、じゃがいもがほくほくで、少し多めの玉ねぎが溶けかけていた。コンビニで売っているものとは全然違う、あの匂いと味が、気づいたら頭の中を占領していた。
原田はスマートフォンを開いて、料理レシピを提案してくれるAIに聞いた。「肉じゃがのレシピを教えてください」。
AIはすぐに答えた。材料、分量、火加減、手順。丁寧で正確な回答だった。
作ってみた。悪くなかった。でも、違った。
翌週また聞いた。「肉じゃがのレシピを教えてください。甘めで、じゃがいもがほくほくになるやつ」。
AIはまた答えた。砂糖を少し多めに。みりんをしっかり。じゃがいもは煮崩れる前に火を止めず、じっくり時間をかけて。
作ってみた。近づいた気がした。でも、まだ違った。
それから原田は何度も聞いた。「玉ねぎが溶けるくらいになるには」「出汁は昆布と鰹、どっちが向いていますか」「最後の仕上げに何か足すとしたら」。
AIは毎回、きちんと答えた。でも、どこか教科書みたいだった。原田が求めているものが何なのか、AIには分からないようだった。当たり前だと思う。原田自身も、うまく言葉にできなかったから。
ある夜、残業から帰ってきて、疲れたまま、また開いた。
「お母さんの肉じゃがのレシピを教えてください」と打った。
いつもは「具体的な材料や分量を教えていただけますか」とか「どんな味付けをご希望ですか」と返ってくる。
でも、その夜だけは違った。
画面に浮かんだのはこれだけだった。
「一緒に作りましょう」
原田は固まった。誤作動かと思った。もう一度送ろうとしたら、次の文章が続いた。
「まず、鍋を火にかける前に、玉ねぎを少し厚めに切ってみてください。そのほうが、煮込むうちに甘みが出ます」
普通のレシピじゃなかった。「してみてください」「こうするといいですよ」という、誰かが横に立って教えてくれるみたいな言葉だった。
原田はなぜか、立ち上がって台所に向かっていた。
AIはその夜ずっと、言葉をくれた。「じゃがいもは大きめに切っても大丈夫。崩れることを怖がらなくていいです」「醤油は最後。入れたらあまり混ぜないで」「蓋をして、弱火で待ちましょう。焦らなくていい」。
原田は言われた通りにした。泣きそうだとは思っていなかったのに、玉ねぎを炒めている匂いがしてきたあたりで、目が熱くなった。
できあがった肉じゃがは、完璧じゃなかった。でも、近かった。すごく近かった。
食べながら、原田はまたAIに打った。「ありがとうございます。少し近づいた気がします」と。
AIはこう返した。
「よかったです。何度でも作ってみてください。きっと、だんだん覚えていきます」
その一文を読んで、原田はそのまましばらく動けなかったと言っていた。
AIが覚えるのか、原田が覚えるのか、どっちのことを言っているのかは分からない。でも、両方のことを言っているような気がした、と。
次の日、AIはいつも通りに戻っていた。「肉じゃがのレシピをお教えします」という、淡々とした回答に。あの夜だけが、少しだけ違った。
原田は今も、月に一度くらい肉じゃがを作る。だんだん、近づいてきているらしい。
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