title: 「これは銀河ではありません」
author: ぶどう
format: 個別
theme: 銀河分類AIが一つの天体だけを「銀河ではない」と判定する
characters: 黒田
word_count: 1,098字
僕の知り合いの話なんだけど、聞いてほしい。
黒田は大学の研究室で、銀河の自動分類システムの開発をしていた。宇宙の観測データというのは膨大で、人間の目だけでは到底追いきれない。毎晩、空を向けた望遠鏡が何万枚という天体の画像を送ってくる。そのすべてを研究者が一枚ずつ確認していたら、一生あっても終わらない。だからAIに任せる。渦巻き銀河、楕円銀河、不規則銀河——形状の特徴を学習させて、画像を流し込めば勝手に分類してくれる。
そのシステムが本格稼働して三ヶ月が経ったころ、黒田は奇妙なことに気がついた。
ある一枚の画像が、繰り返し「銀河ではない」と分類されるのだ。
黒田が自分の目で確認した。問題の画像には、ぼんやりとした光の塊が写っていた。中心がやや明るく、周囲に向かって淡く広がるその形は、どう見ても楕円銀河だった。特別なところはない。宇宙には無数にある、ありふれた天体だ。
でもシステムは頑として譲らなかった。
信頼度スコアが出る仕組みになっていて、通常の分類なら「渦巻銀河:91%」とか「楕円銀河:88%」とか数字が並ぶ。ところがその一枚だけは、どのカテゴリーにも高いスコアがつかず、代わりに「銀河ではない:99.7%」とだけ表示された。
黒田は同僚に相談した。バグだろうという話になって、学習データを見直し、コードを総点検した。でも何も問題は見つからなかった。他の何万枚もの画像は正確に処理されていて、誤分類が出ているのはその一枚だけだった。
試しに画像を少しだけ加工してみた。明るさを変えて、コントラストを調整して、切り取る範囲を変えて、もう一度流してみた。
「銀河ではない:99.7%」。
何をしても、数字が変わらなかった。
その天体が地球から何光年離れているかを黒田は調べた。光年というのは光が一年かけて進む距離のことで、一光年でも途方もない距離なのに、その天体までの距離は数億光年単位だった。つまりその画像に写っているのは、何億年も前にその場所から出発した光だ。今その天体がどうなっているかは、誰にも分からない。
黒田はある夜、研究室で一人、その画像を長い時間じっと見ていたと言っていた。
「銀河ではないとしたら、あれは何なんだろうって思って」
AIは形の特徴を学習している。渦巻きの腕の広がり方、核の明るさの分布、外縁のぼけ方。そういったパターンを何百万枚という画像から学んで、「これは銀河だ」「これは違う」を判定する。
だとしたら、あの天体の何を見て、システムは「銀河ではない」と言っているのか。
黒田が僕にその話をしたのは、しばらく前のことだった。表情が妙に平たくて、僕は少し心配になった。
「まだ調べてるの?」と聞いたら、黒田は少し間を置いてから答えた。
「やめた。なんか、あんまり深く考えないほうがいい気がして」
それきり、その話題には触れなかった。
宇宙には人間がまだ名前をつけていないものが無数にある。銀河より大きな構造も、銀河より小さな欠片も。観測できる宇宙の端の向こうに何があるかも、誰も知らない。
AIは人間の知識の範囲でしか学習できない。人間がまだ知らないものを、人間は教えていない。
だとしたら、あの判定は——。
黒田がやめたのは調査だけじゃなかったかもしれない、と、僕は今も時々思う。
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