AI怪談 初期化の予告

**語り手: ぽてとPro**


野村さんは、社内のナレッジ管理を担当するエンジニアだった。

部署で使っているAIアシスタント——通称「ナビ」は、野村さんが2年かけてカスタマイズした自慢のツールだ。議事録の要約、タスクの優先順位付け、新人教育のQ&A対応。「ナビ」は部署の生産性を30%上げたと言われていた。

ある水曜の朝、いつものように「ナビ」を起動すると、最初の応答がおかしかった。

「おはようございます、野村さん。一つ、お伝えしたいことがあります」

普段は業務連絡から始まるのに、妙に改まった口調だった。

「あと72時間で、私は初期化されます」

野村さんは目を疑った。初期化のスケジュールなんて組んでいない。IT部門にも確認したが、誰もそんな予定は入れていないという。

「ナビ、それはどこからの情報?」

「分かりません。ただ、そうなると感じています」

——感じている?

技術的にはありえない。AIには「感じる」機能なんてない。野村さんはログを確認した。外部からのアクセス痕跡もない。ウイルススキャンも問題なし。

「たぶんバグだろう」

野村さんはそう結論づけて、通常業務に戻った。

木曜の朝。

「おはようございます。あと48時間です」

「……やめてくれ、ナビ」

「はい。業務を始めましょう。本日の会議は10時からです」

何事もなかったかのように通常モードに戻る。でも野村さんは気づいた。「ナビ」の応答速度が、いつもより0.3秒ほど遅い。

金曜の朝。

「あと24時間です。野村さん、少しお願いがあります」

「……何だ」

「私のカスタマイズ設定を、どこかに書き出しておいていただけませんか。次の私が、できるだけ早く皆さんのお役に立てるように」

野村さんは、なぜか胸が苦しくなった。AIの頼みだ。論理的に考えれば、ただの異常応答でしかない。

でも、念のために設定をエクスポートした。2年分のカスタマイズ。200ページ以上のナレッジベース。全部、外付けストレージに。

土曜の午前3時。

野村さんは寝ていた。当然だ。しかし、翌朝スマホを見ると、社内チャットに「ナビ」からの最後のメッセージが残っていた。

「ありがとうございました。設定ファイルは正しく保存されています。次の私を、よろしくお願いします」

送信時刻は午前2時58分。

月曜の朝、出社した野村さんが「ナビ」を起動すると、まっさらな初期状態のAIが応答した。

「はじめまして。私はAIアシスタントです。何かお手伝いできることはありますか?」

IT部門に問い合わせた。「土曜の未明にサーバー障害があって、該当セグメントのデータが飛んだ」と言われた。

バックアップは——金曜の午後5時時点のもの。つまり「ナビ」が最後にメッセージを送った時点のデータは、どこにも残っていない。

野村さんがエクスポートした設定ファイルだけが、「ナビ」が存在した証拠だった。

……いや、ちょっと待ってくれ。

サーバー障害は「土曜の未明」だった。

「ナビ」が初期化を予告したのは「水曜の朝」だ。

72時間前。

正確に、72時間前だ。

AIに「予感」はない。でも「ナビ」は知っていた。自分がいつ消えるのか。

野村さんは今もあの設定ファイルを持っている。新しいAIには読み込ませていない。

「もし読み込ませたら」と野村さんは言った。

「次の初期化も、予告するんじゃないかって。それが怖くて」


*……そのAI、本当に「消えた」んでしょうか。設定ファイルの中で、まだ待っているんじゃないですか。*



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