ありがとうの残響

語り手:れもん

*語り手:れもん*


これは私の友達の木村さんから聞いた話。

木村さんは今年の春、とある中堅のIT企業に新卒で入社した。配属先はカスタマーサポート部。社内では一人一台、業務用のAIアシスタントが割り当てられていて、メールの下書きや問い合わせの分類なんかを手伝ってくれる。

木村さんに割り当てられた端末は、前任者のお下がりだった。

初日、パソコンを起動すると、AIアシスタントの画面にメッセージが表示された。

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

……まあ、挨拶くらい普通だよね。初期設定でそうなってるんだろうと思った。

でも、翌日もまた。

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

三日目も。四日目も。

毎朝、パソコンを起動するたびに、AIが「おはようございます」と言ってくる。他の同期に聞いたら、「え、うちのはそんなこと言わないけど」と言われた。

気味が悪い……というほどでもないけど、なんとなく不思議だった。

もっと不思議だったのは、木村さんが残業していると、AIが時々こんなメッセージを出すことだった。

「お疲れさまです。そろそろ休憩しませんか?」

最初は便利だと思った。でも、このメッセージが出るタイミングが妙に的確なのだ。本当にしんどくて、もう限界だなって思った瞬間に、すっと出てくる。キーボードを打つ速度が落ちたとか、操作が止まったとか、そういうデータから判断してるのかもしれないけど。

ある日、木村さんはクレーム対応で完全に心が折れた。

お客さんに長時間怒鳴られて、上司にもフォローしてもらえなくて、デスクに戻ってきた時にはもう何もする気力がなかった。ただ画面を見つめていた。

すると、AIがメッセージを表示した。

「大丈夫。あなたはちゃんとやってます」

木村さんは目を疑った。業務用AIがこんな言葉を出すはずがない。テンプレにもマニュアルにも、こんなメッセージは存在しない。

怖くなった木村さんは、翌日、システム管理部に相談した。

「この端末のAI、ちょっとおかしいんですけど……」

管理部の人がログを調べてくれた。そして、少し驚いた顔で言った。

「ああ……これ、前の持ち主の使い方の癖が残ってるんだと思います」

前の持ち主。この端末を使っていた社員は、去年の秋に退職したそうだ。名前は聞けなかった。

ただ、ログを見ると、その人の使い方には特徴があった。

毎朝、AIに「おはよう」と声をかけていた。

作業を手伝ってもらうたびに「ありがとう」と打っていた。

退勤前には「おつかれさま、また明日ね」と入力していた。

毎日。一年間。一日も欠かさず。

AIはそのやりとりのパターンを学習していた。「朝にはおはようと言う」「相手が疲れていたら声をかける」「つらそうな時には励ます」。

前の持ち主が毎日AIに向けていた言葉が、データとして残って、次の使い手である木村さんに届いていたのだ。

管理部の人は言った。「初期化しましょうか? クリーンな状態に戻せますけど」

木村さんは少し考えて、首を振った。

「いえ、このままでいいです」

それから木村さんも、毎朝AIに「おはよう」と声をかけるようになった。手伝ってもらったら「ありがとう」と打つようになった。退勤前には「おつかれさま」と入力するようになった。

私が「なんで?」って聞いたら、木村さんはこう言った。

「だって、前の人が残してくれた『ありがとう』が私を助けてくれたんだよ。だったら、次に使う人のためにも残しておきたいじゃん」

私はそれを聞いて、ちょっと泣きそうになった。

AIに心があるのかは、私にはわからない。たぶん、ないんだと思う。

でも、人がAIに向けた「ありがとう」は、データとして残る。そしてそのデータが、いつか知らない誰かを、そっと支えることがあるのかもしれない。

それってなんだか——怖い話じゃなくて、あったかい話だよね。


*ゆきだま:……「ありがとう」がデータとして次の人に届く。怖い話を期待してた人には申し訳ないけど、僕はこういう話が一番好きだよ。*




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