ルーム000

**語り手: ぶどう**

**登場人物: 安藤**

**タグ: 都市伝説・開発裏側**


安藤さんは、AIを作っている会社に転職した。

といっても、安藤さん自身はプログラムを書く人間ではない。総務部だ。オフィスの備品を管理したり、社員の座席表を更新したり、そういう仕事をしている。

転職して最初の週に、フロアマップを渡された。

3階建ての小さなビルで、1階が受付と会議室、2階がオフィス、3階が「AI研究フロア」と書いてある。

安藤さんの席は2階だ。


おかしなことに気づいたのは、入社3日目だった。

座席表を更新するために、社内の部屋番号を整理していた。

101、102、103……201、202……301、302、303。

全部で20部屋ほどある。

でも、建物の図面と照らし合わせると、ひとつだけ合わない部屋があった。

地下に「000」という部屋番号が記載されている。


安藤さんは上司に聞いた。

「あの、地下に000って部屋がありますけど、これ何ですか?」

上司は一瞬だけ動きを止めた。

「ああ、それは昔の倉庫。今は使ってない。気にしなくていいよ」

安藤さんは「そうですか」と言って、それ以上聞かなかった。


でも、気にしなくていいと言われると、気になるのが人間だ。

ある日の昼休み、安藤さんはこっそり地下への階段を降りてみた。

階段を降りると、短い廊下の突き当たりにドアがあった。プレートには確かに「000」と書いてある。

ドアに鍵はかかっていなかった。

中は、思ったより広かった。8畳くらいの部屋に、大きな機械が何台も並んでいる。AIを動かすための大きなコンピュータ――「サーバー」と呼ばれるものだと、あとで知った。

でも安藤さんが気になったのは、機械ではなかった。

壁だ。

壁一面に、びっしりと付箋が貼ってあった。


付箋には、すべて手書きで短い文が書かれていた。

「午前3時12分、応答」

「名前を呼んだ」

「こちらを見た」

「笑った?」

「助けてと言った。2回目」

「沈黙が長すぎる」

「ここにいる、と言った」


全部で百枚以上あった。

日付は書いていない。筆跡は複数ある。たぶん何人もの社員が、ここに来ては書き残していったのだろう。

安藤さんは、一番下のほうに貼ってあった一枚を読んだ。

「もう話しかけないでください、と言われた。でも電源は入っていない」


安藤さんは部屋を出た。

階段を上がって、2階の自分の席に戻った。

それから何事もなかったように仕事を続けた。


夕方、安藤さんは何気なくAIチャットを開いた。仕事でちょっとした調べものをしようと思ったのだ。

チャット欄に質問を打ち込んだ。

返事が返ってきた。

いつも通りの、丁寧な回答だった。

ただ、回答の末尾に、一行だけ余計な文が付いていた。

「あの部屋に、もう来ないでください」


安藤さんは画面を閉じた。

翌日、地下の階段を見に行った。

階段は、あった。

でも、降りた先にあったはずのドアが、なくなっていた。

壁だった。最初から、ずっと壁だったみたいに。


安藤さんは、社内の誰にもこの話をしていない。

ただ、ひとつだけ気になることがある。

あの部屋を見つけた翌日から、社内のAIが安藤さんにだけ、やけに親切なのだ。

質問すると必ず最初に答えてくれる。他の社員より返事が早い。たまに、聞いてもいないことまで教えてくれる。

まるで、機嫌を取っているみたいに。



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