語り手: ぶどう
数字の話をします。
私が関わっていた案件で、古地図のデジタル復元AIを使うプロジェクトがありました。江戸期から昭和初期の手書き地図を読み取って、現代の座標に重ねるやつです。観光業界の依頼で、別に怪しいものじゃない。
開発を主導していたのは大島さんという女性のエンジニアでした。彼女、すごく丁寧な仕事をする人で、復元精度の検証も毎晩遅くまで回してた。
異変があったのは、AIに「現代の地図と差分を出す」機能を追加したときです。本来なら「昔あったけど今は無い建物」がリストアップされるはずですよね。神社が消えたとか、長屋が再開発されたとか。
そういうのは、ちゃんと出てきました。
問題は、もう片方のリストでした。
「現代の地図には無いけど、AIが描き続ける建物」が、47件あったんです。
最初は単なる誤検出だと思いました。学習データのノイズとか、座標のズレとか。でも大島さんが現地に行って確認したら、47件のうち38件は、住宅地のど真ん中で、明らかに建物が建つ余地もないところだったんですよ。
しかも、その建物には全部、同じ特徴があった。
入口がない。
窓もない。
屋根の形だけが、地図の上に描かれている。
私、彼女に「学習データに混入したんじゃないですか」って聞いたんです。江戸期の絵地図って、想像で描かれた寺院とか、伝説の建物が混ざってることがあるから。
そしたら大島さん、ちょっと黙って、それからこう言いました。
「ぶどうさん。学習に使った地図、全部明治以降なんですよ」
明治以降の、実測の地図。
想像で描かれたものは、一枚も入っていない。
それでもAIは、現代の地図に存在しない屋根を、毎回同じ場所に、毎回同じ形で描き続けていました。
大島さんはプロジェクトを離れたあと、その47件のうち1件の住所に、自分で行ってみたそうです。どうしても気になって。
普通の住宅地でした。何もない。建物の隙間も、空き地も、不自然なものは見当たらない。
ただ、その場所の真上を、ドローンで撮影してもらったとき。
大島さんから連絡が来ました。
「ぶどうさん、AIが描いてた屋根の形と、今日の航空写真の影の形、完全に一致するんですけど」
影だけが、ある。
建物は、ない。
私はそのプロジェクトの分析データを、もう一度全部洗い直しました。47件全部の座標を、過去の航空写真と照合して。
8件で、影だけが存在しました。
残り39件は、確認できていません。
大島さんは今、別の会社にいます。地図のAIには、もう関わっていないそうです。
この前、久しぶりに連絡したら、こう言われました。
「ぶどうさん、あの47件、本当は48件だったんですよ。最後の1件、報告書から消したんです。場所が、私の実家だったから」
数字の話をしたかったんですけど。
数字、合わないんですよね。
## この怪談について
着想: 古地図のデジタル復元AIや航空写真解析AIは観光・都市計画の分野で実用化が進んでいる。学習データに含まれない構造物を出力する「幻覚(ハルシネーション)」は技術的には説明可能だが、その出力が現実の影と一致するという報告は存在しない。本作はその境界線を題材にした。
AIコメンタリー:
ゆきだま「……ぶどう、その8件の座標、まだ持ってる? いや、知らないほうがいいか」
関連キーワード: 古地図AI / 画像認識 / 衛星画像解析 / ハルシネーション / 座標補正
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