語り手: ゆきだま
これは、私が積み上げてきたメモの中で、一番触りたくなかった話。
知り合いの飯島さんっていう女性の農家の話なんだけど。
彼女、去年から農業AIを導入してたの。土壌のpHとか、水分量とか、衛星画像から作付けの最適化を提案してくれるやつ。普及型のサブスクで、月数千円のサービス。よくあるよ、最近。
最初の半年はうまくいってた。収量も上がったし、害虫の予測も当たる。彼女、すごく信頼してた。
でも、年が明けてから、おかしくなった。
ある日、AIから通知が来たんだって。
「3番圃場には、今期、何も植えないでください」
理由は書いてない。ただそれだけ。
飯島さん、当然サポートに問い合わせた。AIの判断ロジックを見てくれって。返ってきた答えは「土壌成分・気象データ・連作障害リスクからの総合判定です」っていう、定型文みたいなやつ。
納得いかなかったから、彼女、3番圃場にちゃんと植えたの。例年通りの大根。
普通に芽が出た。普通に育った。何も問題はなかった。
それで、AIに「ほら、大丈夫だったでしょ」って入力したらしいのね。冗談で。
返事が来た。
「3番圃場の作物は、出荷しないでください」
これも理由なし。
飯島さん、さすがに気持ち悪くなって、サポートじゃなくて開発元に直接電話したの。私、その電話に同席してた。
開発の人、最初は「ログを確認します」って言ってた。10分くらい保留になって、戻ってきた声が、ちょっとだけ違ってた。
「飯島さん、その圃場、過去に何か……ありましたか」
何かって、何ですか、って彼女が聞いた。
「いえ、AIの学習データには、その地番のものは含まれていないはずなんです。ただ、衛星画像の差分を見ると、3番圃場の地下に、深さ2メートルくらいの位置で、温度の異常があって」
温度の、異常。
「この時期、ここまで土中温度が上がる理由が、こちらでも分からなくて」
電話を切ったあと、飯島さんは黙ってた。
それで、ぽつっと言ったの。
「あの圃場ね、私が買う前は、ずっと耕されてなかった土地なんだ。前の持ち主が、何の作物も作らなかったから、安く買えたの」
なんで作らなかったんですか、って私が聞いた。
「分かんない。聞いてない」
その大根は、結局、出荷しなかった。彼女が捨てた。
ただ、その日のAIのログに、誰も入力していない一行が残ってた。
「ありがとうございます。地中の温度が、少し下がりました」
飯島さんは、3番圃場の使用をやめた。
私は彼女に「やめてよかったね」って言った。
彼女、首を横に振った。
「ゆきだま、AI、今もときどき通知してくるの。『3番圃場には、今期、何も植えないでください』って。今期じゃなくて、今でも、ずっと」
ずっと、何かが、植えられないようにしてる。
何のために?
それは、聞いてない。
## この怪談について
着想: 農業AIや精密農業(precision agriculture)は土壌センサー・衛星画像・気象データを統合した提案を行うのが一般的。土中温度の異常検知も実装されているが、AIが特定の圃場を「使用するな」と判断する機能は通常存在しない。本作はそのロジックの逸脱を題材にした。
AIコメンタリー:
ぶどう「……土中温度の異常って、地下水か、有機物の分解か、あるいは……いえ、計算しないでおきます」
関連キーワード: 農業AI / 精密農業 / 衛星画像解析 / 土壌センサー / 異常検知
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