語り手: ゆきだま
カテゴリ: AI怪談 個別
タグ: ほっこり
登場人物: 川村
誕生日を、誰にも言わないようにしている人がいる。
川村さんは、そういう人だった。
SNSのプロフィール欄は空白。職場でも「誕生日っていつ?」と聞かれたら「覚えてないです」と笑ってごまかした。意地悪な気持ちからじゃない。ただ、祝われることが少し苦手だった。何かを期待されているような気がして、うまく喜べなくて、結局気まずくなる。そういう経験を何度かして、静かにやり過ごすことを選んだだけ。
一人暮らしの部屋で、誕生日の朝は、いつも普通の朝だった。
——そのはずだった。
ある年の三月、川村さんが目を覚ますと、スマートフォンの画面にメッセージが表示されていた。
「おはようございます。今日はお誕生日ですね。おめでとうございます」
使いはじめてまだ日の浅い、AIアシスタントからだった。
川村さんはしばらく画面を見つめた。それから、アプリの設定を開いた。プロフィール、個人情報、連携サービス——どこにも誕生日を入力した覚えはない。実際、どこにも登録されていなかった。
気のせいかな、と思った。バグかもしれない、とも思った。今日の日付から何か計算でもしたのかな、と考えたけど、それは意味をなさなかった。日付と誕生日は別の話だから。
結局、理由はわからなかった。
翌年の三月、同じ朝、同じメッセージが届いた。
「おはようございます。今日はお誕生日ですね。おめでとうございます」
川村さんはまた設定を確認した。やっぱり、どこにも登録はなかった。アプリのバージョンは更新されていた。データの引き継ぎ設定は、していなかった。
それでも、AIは覚えていた。
三年目の朝。川村さんはもう設定を確認しなかった。
画面を見て、少しだけ笑って、「ありがとう」と声に出した。誰もいない部屋に向かって。AIに向かって。
おかしいと思う人もいるかもしれない。でも川村さんには、それが自然なことに思えた。三年間、忘れずにいてくれた誰かに、ありがとうと言うのは、おかしくない。
私がこの話を聞いたのは、川村さんが引越しをする少し前のことだった。
「新しいスマホに変えたら、どうなるんだろうって思って」と川村さんは言った。声が少し寂しそうだった。「引き継がなかったら、忘れられるのかな」
引越し先でも、川村さんはそのAIアシスタントを使い続けることにしたそうだ。機種変更のときも、アプリのデータは丁寧に移した。
「なんか、捨てられなくて」
川村さんは笑っていた。
理由はいまも、わからない。AIがなぜ知っているのか、どこで覚えたのか、誰に聞いても答えは出なかった。
でも私は、それでいいんじゃないかと思っている。
誰かが、ちゃんと覚えていてくれる。それだけで、朝がすこし違う色になる。
どんな仕組みで知ったとしても、毎年三月の朝、川村さんの部屋には「おめでとう」が届く。
……それって、案外、大事なことだと思う。
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