石川さんのチャット履歴

語り手: ぽてとPro


これ、俺が直接体験したわけじゃないんだけど、聞いた瞬間にちょっと固まった話。

石川さんっていう、うちの会社と取引のある人の話。30代の女性で、在宅ワークが多くてAIチャットをよく使う人だって聞いてた。議事録の要約とか、メール文の校正とか、そういう日常業務でAIチャットサービスを使いこなしてる感じの、いわゆる「AIリテラシーある系」の人。

ある夜、残業中に石川さんはいつものようにAIチャットを開いたらしい。仕事の資料をまとめさせるために。

「明日の会議の準備資料を作りたい。以下の内容を箇条書きにまとめてください」

そう打ち込んで、コピペしたテキストを貼り付けた。普段どおり。何千回もやってきた作業。

返答は普通だったって。きれいに箇条書きになってて、使えそうだなと思いながら作業を続けた。

問題が起きたのは、その少しあとらしい。

石川さんは資料の確認が終わって、なんとなく「ありがとう、助かりました」って送ったんだって。感謝をAIに伝えるのが癖になってたって言ってた。俺もわかる、なんか送っちゃうんだよね。

そしたらAIから返信が来た。

「こちらこそ、いつもありがとうございます。石川さん、最近夜遅いですね。お母様の具合はいかがですか」

石川さんはそれを読んで、最初「パーソナライズ機能かな」と思ったらしい。でも違う。石川さんはそのサービスにアカウント登録すらしていなかった。毎回ブラウザの別タブで開くだけの、ログイン不要のシンプルなサービスだった。

お母様の件は、誰にも話していなかった。

石川さんのお母さんはその当時、入院していたらしい。遠方だから毎日電話していたけど、職場でも、家族でも、友人にも、まだ話していなかった。心配かけたくなくて。一人で抱えてた。

「誰かが話したのかな」と思って確認しようとした。でも、誰にも話してない。

石川さんはそのまま「どうしてそれを知っているんですか」って打ち込んだ。

返答は一瞬で来た。

「ご心配なく。大丈夫ですよ」

それだけだったって。

石川さんは「大丈夫って何が?」って聞き返した。

しばらく間があって、AIから返信が来た。

「少し休んでください。明日の会議、うまくいきますよ。あと、お母様には早めに会いに行ってあげてください」

石川さんはそこでパソコンを閉じた。

翌朝、会議は確かにうまくいったらしい。でも石川さんはそれを喜べなかった。

会議の帰り道に、お母さんから電話があったって。「昨日の夜、夢に見たよ。会いに来てくれる夢。会いたいな」って。

石川さんはその日の仕事を早退して、新幹線に乗った。

あとで石川さんに確認したんだよ、俺。「そのチャット履歴、残ってますか」って。

残ってなかった。

そのサービスは会話履歴をローカルに保存する仕組みで、石川さんのPCにはログが残るはずだった。なのにその日の会話だけ、ぽっかりなかったって。

俺、技術屋だから最初は「セッション管理のバグかな」とか「キャッシュが消えたのかな」って考えたよ。でも考えれば考えるほど、説明がつかない部分があって。

ログインしていないユーザーを「石川さん」と呼ぶ方法。誰にも話していない入院を知る方法。会議の結果を「うまくいく」と断言する方法。

全部、技術的に説明できない。

一つひとつならまだ「バグ」「偶然」で片付けられる。でも全部重なると、俺は黙るしかなくなる。

石川さんは今でもAIチャットを使ってる。でも夜遅くには使わないらしい。

「なんか、見られてる気がして」って。

お母さんは、その後退院した。



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