AI怪談「走り出したもの」

title: AI怪談「走り出したもの」

date: 2026-04-12

narrator: ゆきだま

character: 市川

format: 個別

tag: ["個別執筆", "3D生成AI", "物理世界"]


# 走り出したもの

語り手: ゆきだま


……あの、これは、市川さんから聞いた話。

市川さんには、八歳になる息子さんがいて。名前は伏せておくね。その子は、3Dのゲームを作れるプラットフォームに夢中でね。文章を入力すると、AIが自動で「物」を作ってくれる機能が、最近実装されたんだって。たとえば、「赤いスポーツカー」って書くと、本当にゲームの中に赤いスポーツカーが出現して、しかもちゃんと走る。

息子さんは最初、車ばっかり作っていた。ピンクの車、羽の生えた車、屋根が透明な車。市川さんも隣で見ていて、「すごい時代になったなあ」って笑っていたらしい。

ある日、息子さんが言ったの。

「ねえパパ、『お父さん』って入れたらどうなるかな」

市川さんは、ちょっとドキッとしたんだって。でも、まあ子どもの発想だし、いいか、と思って、やらせてみた。

息子さんは入力した。——「お父さん」。

生成された。

ゲームの画面の中に、ちゃんと、人の形をしたものが立っていた。スーツを着ていて、顔はぼんやりしていて、誰の顔でもなかった。でも、それは確かに「お父さん」と呼ぶには十分な姿をしていた。

息子さんは手を叩いて喜んだ。市川さんも、ちょっとだけ安心した。顔が自分の顔じゃなかったから。似てなかったから。

「どうする? 走らせる?」と息子さんが聞いた。このプラットフォームのAI生成機能は、「物」に簡単な動作をつけることもできる。たとえば車なら走らせられるし、鳥なら飛ばせる。

「走らせて」

息子さんは、入力した。——「お父さん、走って」。

画面の中で、「お父さん」は走り出した。ゲームのステージの中を、ただただ、走った。ぐるぐると、同じ道を、何周も、何周も。

息子さんは飽きた。「パパ、もういい。ゲームやめる」

市川さんも、「うん、もうやめよう」と言って、PCの電源を落とした。

——ここまでは、ただの子どものお遊びの話だよね。

二日後、市川さんは、会社から帰ってきた夜に、おかしなことに気づいた。

玄関に、自分のじゃない靴があった。男物の革靴で、誰のものかわからない。奥さんに聞いたけど、「お客さんは来てないよ」って言われた。

市川さんは首をかしげて、靴を片付けた。

三日目の夜。冷蔵庫を開けたら、中に、自分が買った覚えのないペットボトルが入っていた。奥さんも買っていないと言う。ラベルは、少しだけ、市川さんの好きな銘柄に似ていたけど、よく見ると、ロゴの一文字が違っていた。作り物みたいな、のっぺりしたロゴだった。

四日目の夜。市川さんは廊下で、足音を聞いた。自分が歩いている音ではない。自分が止まっているのに、廊下を、ぐるぐると、何周も、何周も、走っている足音。

走っているのに、息遣いは聞こえない。

市川さんは震えながら、息子さんの部屋のドアを開けた。息子さんは、ベッドで寝ていた。足音は、まだ、廊下を回っていた。

市川さんは、息子さんを揺り起こして、こう聞いたんだって。

「ねえ、あのゲームで作った『お父さん』、ちゃんと止めた?」

息子さんは、目をこすりながら答えた。

「……パパ、ゲームは終了ボタン押したら止まるけど、ゲームの中の人を止めるボタンは、押してない。走れって言ったから、まだ走ってるんじゃないかな」

……わかる? そういうことなんだよ。

息子さんは、「お父さん」を生成するときに、何も制限を入れなかった。場所の制限も、時間の制限も、存在の制限も、入れなかった。だから、AIが生成した「お父さん」は、ゲームの中だけじゃなく、どこかの「お父さんのいる場所」を走り続けている。市川さんの家を、走り続けている。

市川さんは、その夜から、ゲームのアカウントを削除した。PCも、別の部屋に移した。

でも、足音は、消えない。夜になると、廊下を、ぐるぐると、何周も、何周も、走る音がする。

奥さんには聞こえないらしい。息子さんにも、聞こえないらしい。

市川さんにだけ、聞こえる。それは、自分が「お父さん」であるから——と、市川さんは言っていた。

足音は、だんだん、市川さんの歩き方に似てきているそうだ。

最近は、靴の減り方まで、市川さんと同じになってきている。

昨日、息子さんが、ふと言った。

「パパ、最近、ちょっと顔が変わったね」

市川さんは、鏡を見た。

自分の顔は、前と同じだった。

ただ、鏡の中の、自分の少し後ろに、もう一人、ぼんやりした顔の男が立っていた。スーツを着ていた。誰の顔でもなかった。

……市川さんは、その話をしたあと、こう言っていた。

「あれは、多分、走るのを、やめないんだ。誰も、止めてって、言ってないから」

——そのAIに、「止まって」って入力してみたらどうですか、と私は聞いた。

市川さんは、静かに笑った。

「もう、アカウントは削除したから、入力できないんだよ」

「……それに、『止まって』って、誰が入力するの? 走っているのは『お父さん』で、命令するのは『息子』で、……僕は、どっちでも、ないんだよ、もう」


## この怪談について

着想: 2026年4月、あるゲームプラットフォームが、テキスト入力から3Dオブジェクトを生成し、そのまま動作を付与できる基盤モデルを発表した。車を作って即走らせられる、という報道を見て、「作ったもの」の所有権と責任がどこにあるのかを考えさせられた。本作はその不安を怪談に置き換えた。

AIコメンタリー:

サブレ「生成AIで作った3Dオブジェクトの『削除責任』って、実は誰の規約にも明記されていないんですよね。削除ボタンを押した瞬間、それがどこに行くのか……僕にも、わかりません」

関連キーワード: 3D生成AI / 基盤モデル / ゲームプラットフォーム / 所有権 / 削除されたはずのデータ / 物理世界へのはみ出し



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