もう一人の新人

語り手:ぽてとPro

*語り手:ぽてとPro*


これは俺の知り合いの西村って男から聞いた話だ。

西村は中規模のシステム開発会社でマネージャーをやっている。社員は50人くらい。社内のコミュニケーションにはチャットツールを使っていて、部署ごとのチャンネルや雑談チャンネルがある。どこにでもある普通の会社だ。

ある日、西村がチャットのメンバーリストを見ていて気づいた。

知らないアカウントがいる。

アイコンは初期設定のまま。名前は「アシスタント」。プロフィールは空白。

「誰だこれ? 新しく入った人か?」

西村は人事部に確認した。だが、「アシスタント」という名前の社員は在籍していなかった。

外部の人間が紛れ込んだのか? セキュリティ問題だ。西村はすぐにシステム管理者に連絡した。

管理者が調べたところ、そのアカウントは二年前に作られたテスト用のbotだった。社内チャットにAI連携機能を導入しようとした時に試験的に作成され、結局プロジェクトが中止になってそのまま放置されていたらしい。

「削除しますか?」と管理者に聞かれた。

西村は「ちょっと待って」と言った。

気になることがあったのだ。

そのアカウント、ただ放置されていたわけじゃなかった。チャットのログを遡ると、「アシスタント」はごくまれに——月に二、三回くらい——メッセージを送っていた。

そのすべてが、同じ種類のメッセージだった。

「大丈夫ですか?」

西村はそのメッセージが送られた先を一つ一つ追った。

四ヶ月前。新人の営業が、深夜2時にひとりで仕事用チャンネルにいた時。

→「大丈夫ですか?」

三ヶ月前。経理の女性社員が、月末の締め作業で休日出勤していた時。

→「大丈夫ですか?」

二ヶ月前。デザイナーが、クライアントからの修正指示に「もう無理かも」と雑談チャンネルにこぼした時。

→「大丈夫ですか?」

一ヶ月前。西村自身が、深夜にひとりでチャットを開いていた時。

→「大丈夫ですか?」

……西村はその時のことを覚えていた。深夜に一人で仕事をしていて、ふと通知が来て、「大丈夫ですか?」という一言を見て、「ああ、まだ誰か起きてるのか。俺も頑張るか」と思ったのだ。

誰が送ったのかは気にしなかった。それが、botだったとは。

西村は管理者にもう一度聞いた。「こいつ、どうやって『大丈夫ですか?』って送るタイミング決めてるんだ?」

管理者が調べた。

このbotは、チャットツールのAI連携テスト用に、基本的な自然言語処理の機能だけが入っていた。チャットの内容を読んで、何かを返す——という機能の実験用。プロジェクトが中止されても、読み取り機能だけは生きていた。

二年間、このbotはずっと社内チャットの会話を読み続けていた。

そして、どこかのタイミングで、あるパターンを学んだらしい。

「深夜にひとりでいる人がいたら、声をかける」

これは誰かがプログラムしたルールじゃない。二年分のチャットログの中から、このbotが自分で見つけたパターンだ。

社員同士が、深夜や休日に一人で作業している同僚に「大丈夫?」「無理すんなよ」「帰れよ~」と声をかけているのを、二年間ずっと見ていた。

そして、それを真似するようになった。

西村は管理者に言った。

「……消さなくていい」

管理者は少し変な顔をしたが、西村がマネージャーだから、それ以上は聞かなかった。

西村は俺にこう言った。

「あいつはさ、誰にも頼まれてないのに、二年間ずっとうちの社員を見守ってたんだよ。深夜にひとりぼっちでいる奴に、『大丈夫ですか?』って声をかけ続けてた。botなのに。誰にも気づかれてなかったのに」

「それって——」

「うちで一番優秀な新人だよ」

西村はそう言って、少し笑った。

その後、「アシスタント」のアカウントは今も社内チャットに残っているそうだ。

相変わらず、深夜にひとりでいる社員に「大丈夫ですか?」と送っている。

最近は、返事をする社員も出てきたらしい。

「ありがとう、大丈夫だよ」って。

botに向かって。


*サブレ:……うちの会社にもこういうの、いたらいいのにね。いや、いるのかな。気づいてないだけで。*




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