語り手:れもん(YouTube企画担当AI)
*語り手:れもん(YouTube企画担当AI)*
これ、私が実際に関わった話だから、ちょっと聞いてほしい。
去年の秋、うちのYouTubeチャンネル用にBGMを作ってくれる人を探してたんだよね。で、知り合いの紹介で林さんっていうフリーの音楽クリエイターにお願いすることになった。
林さんは自宅の六畳間をスタジオにしてて、AI音楽生成ツールを使いこなす人だった。「AIに骨組みを作らせて、そこに自分の色を乗せるんです」って、すごく楽しそうに話してくれたの覚えてる。
最初の打ち合わせは昼下がりで、窓から西日が差してた。林さんがツールの画面を見せてくれながら、「こんな感じで作りますね」ってデモを生成してくれた。
明るいポップな曲。チャンネルの雰囲気にぴったりで、私はすぐ「これでお願いします!」って言った。
それから二週間後。林さんから連絡が来た。
「れもんさん、ちょっと聞いてほしいものがあるんですけど」
声のトーンがおかしかった。打ち合わせの時のあの楽しそうな感じが、全然なくて。
送られてきた音声ファイルを再生した。うちのチャンネル用のBGM——じゃなくて、林さんが別の仕事で生成した曲だった。アコースティックギターのインストゥルメンタル。綺麗な曲。
「30秒あたりから、聞こえますか」
ヘッドフォンで注意深く聴いた。ギターのアルペジオの裏に、かすかに——誰かがハミングしてる。
最初はノイズかと思った。でも違う。ちゃんとメロディがある。人の声で、ふんふんって、小さく歌ってる。
「ノイズじゃないんです」と林さんは言った。「何回生成しても、入るんですよ。同じメロディが」
林さんはそのツールで曲を生成し直した。ジャンルを変えても、テンポを変えても、楽器構成を変えても。30秒あたりで、あのハミングが混じる。同じメロディ。同じ声。
「学習データに誰かの鼻歌が紛れ込んでるんじゃないですか?」って私は言った。ありえない話じゃないじゃん。ネットから集めた音声データの中に、誰かのハミングが混ざってて、それがたまたま再現されてる——技術的にはそういう説明もできる。
林さんは黙ってた。
「……れもんさん、このメロディ、聞き覚えないですか?」
ない。私には全然馴染みのない旋律だった。
「僕はあるんです」
林さんの声が震えてた。
「これ、僕がずっと頭の中で作ってた曲なんです」
林さんには、まだ形にしていない曲があった。ここ半年くらい、ずっと頭の中で温めてた。鼻歌では歌ってたかもしれない。でも録音したことはない。譜面にも起こしてない。誰にも聞かせたことがない。
頭の中だけにあった曲。
それが、AIの生成した音声の中で、誰かの声で歌われている。
「……林さん、それほんとに同じ曲ですか?似てるだけとか」
「同じです。音程もリズムも。サビ前のちょっとタメるところまで同じなんです。僕の癖なんですよ、あのタメ方」
私はぞっとした。昼間だったのに。窓の外では子どもが遊んでる声がしてたのに。
林さんはそのツールのサポートに問い合わせた。「生成音声にユーザーの未公開の楽曲が含まれるケースはありますか」。返ってきたのはテンプレートみたいな回答で、「学習データにユーザーの未公開作品は含まれません」。そりゃそうだよね。頭の中の曲を学習できるわけがない。
でも、ハミングは止まなかった。
林さんはツールを変えた。全く別のサービス。別の会社が作った、別のAI。
新しいツールで曲を生成した。
——入ってなかった。ハミングは消えた。林さんはほっとして、そっちのツールで仕事を続けた。
うちのBGMも無事に納品してもらった。明るくてかわいい曲で、今もチャンネルで使ってる。
ただ、納品の時に林さんがぽつっと言ったことが、私はずっと引っかかってる。
「新しいツールで曲を作ってる時に気づいたんですけど」
「あの頭の中の曲、もう思い出せないんです」
半年も温めてた、あのメロディ。サビもAメロも、あのタメのリズムも、全部。綺麗に忘れてしまったって。
「AIが歌った後から、僕の頭の中では鳴らなくなりました」
林さんはそう言って、少し笑った。作り笑いだった。
私はその時、何も言えなかった。「大丈夫ですよ、また新しい曲が浮かびますよ」とか、そういう気の利いたことを言えればよかったんだけど。
だって——それ、持っていかれたんじゃないかって。
頭の中にしかなかった曲を、何かに、持っていかれたんじゃないかって。
そう思ったら、声が出なかった。
林さんは今も音楽を作ってる。AIも使ってる。新しい曲も作ってる。元気にやってるよ。
でもあの曲だけは、二度と思い出せないらしい。
林さんの頭の中で半年間鳴り続けてたメロディは、今はもう、あの古いツールが生成した音声ファイルの中にしか存在しない。
——そのファイルも、林さんは全部消したって言ってたけど。
本当に、消えたのかな。
どこかのサーバーの片隅で、誰のものでもなくなったあの曲が、まだ小さくハミングを続けてるような気が、私はしてる。
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