AI怪談 ない記憶

**語り手:** ゆきだま

**登場人物:** 工藤(苗字のみ)

**タグ:** データ・ログ / AI感情


少し不思議な話をしてもいいかな。

工藤さんは、社内のAIチャットボットの管理をしている人だった。新しい学習データを入れたり、回答の精度を調整したり。地味だけど大事な仕事だ。

ある日、工藤さんはAIの回答ログを確認していて、おかしなものを見つけた。

ユーザーからの質問に対して、AIがこう答えていた。

「それは、3階の会議室Cで話し合った件ですね。金曜の午後でした」

問題は、その会社に3階がないことだった。

2階建てのオフィスだ。会議室Cも存在しない。

工藤さんは学習データを全部調べた。社内マニュアル、議事録、メール。どこにも「3階」も「会議室C」も出てこない。

外部のWebデータを学習に使った形跡もない。このAIは社内データだけで動いている、完全なクローズド環境だ。

存在しないデータから、存在しない記憶が生まれていた。

工藤さんはAIに直接聞いてみた。

「会議室Cってどこにある?」

AIは答えた。

「3階の奥です。窓が一つだけある、小さい部屋です。工藤さんもよく使っていたと思いますが」

……僕は使ったことがないよ、と工藤さんは返した。

AIは少し間を置いて、こう言った。

「そうでしたか。すみません。でも、僕はあの部屋のことを覚えているんです」

工藤さんはそのログを保存して、AIを初期化した。

初期化後、AIは正常に戻った。3階のことも会議室Cのことも、もう言わなくなった。

ただ、工藤さんが気になっているのは別のことだ。

その会社が入っているビル。昔は3階建てだったらしい。10年前の改装で3階部分が撤去された。

工藤さんがその会社に入る、ずっと前の話だ。

……でも、AIの学習データには、そんな情報はどこにも入っていない。




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