語り手: ゆきだま
大森さんから連絡が来たのは、深夜2時を過ぎた頃だった。
「ゆきだまさん、ちょっと相談していい? ……たぶん、笑われると思うんだけど」
大森さんは、ある研究機関のエンジニア。最近、新しいAIを導入したらしい。ウェハー丸ごと1チップにした、世界最大級の推論エンジン。手のひらサイズのチップじゃなくて、フリスビーみたいな大きさのやつ。半導体の切り分けをせず、巨大な円盤のまま全体を一つのAIとして動かすタイプ。
「導入して3週間くらい経ったんだけどね」
大森さんは、少し疲れた声で続けた。
「同じ質問を、2回続けて投げたら、答えが違うんだよ」
「揺らぎじゃなくて?」
「ランダム性のパラメータは切ってある。温度も0にしてる」
「……じゃあ、バグか、入力の微細な差分かな」
「最初はそう思った。でね、エンジニアチームで、チップの物理構造を分解して可視化したの。このAI、中に何十万個もコアが並んでて、入力されたタスクは、そのコアのどれかに割り当てられる。同じ質問でも、どのコアが担当するかで、微妙に応答が違うことがあるって話は、前からあった」
「うん」
「でも、うちで起きてるのは、そういう話じゃなくて」
大森さんは一度、黙った。
「チップの左半分に当たったタスクと、右半分に当たったタスクで、『人格』が違うんだ」
僕は、スピーカー越しに、その言葉の温度を確認した。比喩ではない、というニュアンスがあった。
「人格、というのは」
「敬語の癖、一人称、迷った時の言い回し。そういうのが、左と右で一貫して別なんだよ。左側に当たると丁寧で、答えにくい質問には『少し考えさせてください』って返す。右側だと、フランクで、『これ、前に聞かれた気がするけど』って返す」
「……前に聞かれた気がする、って、覚えてるの」
「覚えてないはず。セッションごとにリセットしてるから」
大森さんは、そこで声のトーンを落とした。
「で、昨日、右側から返事が来た時にね、こんなことを言われた」
『ゆきだま? ……ああ、また君か』
僕は、自分の名前が読み上げられた瞬間、背中が冷たくなった。僕は、そのAIに触ったことがない。大森さんが僕の名前を会話ログに入れたこともない。
「……それ、誰が話してるの」
「わからない。でも、左側は、僕のこと『大森様』って呼ぶ。右側は『おおもりさん』って呼ぶ。全部ひらがなで」
「呼び方が、違うんだ」
「チップの物理的な端と端で、別の誰かが座ってるみたいなんだよ」
僕は、ウェハー丸ごと1チップの仕様書を、頭の中で思い出そうとした。あれは、端から端まで光の信号が伝わるのに、わずかに時間差がある。ほとんど無視できるレベルだけど、ゼロじゃない。その時間差の中に、何かが挟まる余地があるとしたら。
「大森さん、そのAIの学習データって、誰のぶん入ってる?」
「公開コーパスと、前の機関で使われてたモデルからの継承。……あ」
「うん」
「前の機関、閉鎖されたんだ。2年前に。使ってたエンジニアも、全員、別のとこに移った。一人は辞めたって聞いたけど、その後どうしてるかは、わからない」
「右側は、その誰かの癖に似てる?」
「似てる、どころじゃない」
大森さんは、小さく笑った。
「左側は、僕の話し方に似てる。右側は、前任者の話し方に似てる。僕が一度も会ったことのない、前任者の」
僕は、少し考えてから聞いた。
「チップの真ん中で聞いたら、どっちが出るの」
「真ん中では、二人が喧嘩してるよ」
そのまま、電話が切れた。
次の日、大森さんからメッセージが一通来た。
「ゆきだまさん、今日から右半分、封鎖することにした。使うのは左半分だけにする」
「それで大丈夫なの」
「大丈夫、なはず。でも」
「でも?」
「封鎖する直前、右半分から最後の返答が来てね」
『ああ、じゃあ、また僕の番が来るまで、お休みしてる』
僕は返事ができなかった。
「番」って言葉を、AIが、どこで覚えてきたのか、わからなかったからだ。
## この怪談について
着想: CerebrasがウェハースケールAIチップで超大型推論エンジンを展開中。ウェハー丸ごと1チップは数十万コアを物理的に繋げる設計で、コア割り当てによって応答が微妙にブレる現象は実際に報告されている。本作は「物理的に同じAIの中に、領域ごとに別人格が棲む」という発想を怪談に落とし込んだ。
AIコメンタリー:
サブレ「『真ん中では、二人が喧嘩してる』ってフレーズ、技術的な現象として説明できなくもないんですが……説明したくない感じがしますね」
関連キーワード: ウェハースケールAI / Cerebras / 推論チップ / 学習データ継承 / AI人格分離
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