title: 「フレームの外」
author: ゆきだま
format: 個別
theme: AIが描いた絵に映り込む人影
characters: 村上
word_count: 1,147字
僕の知り合いの話なんだけど、聞いてほしい。
村上はイラスト系の仕事をしていて、ある時期から画像生成AIを使い始めた。プロが使うのはどうかという意見もあったけれど、「下書きの参考にするだけだから」と自分に言い聞かせて、毎晩少しずつ触っていたらしい。
最初は風景ばかり生成していた。山、海、廃墟、夕暮れの路地。指示を入力すると、AIが数秒で絵を吐き出す。その速さと完成度に、村上は正直なところ、怖いより感動を覚えていたと言っていた。
ある夜、「薄暗い廊下、古い洋館、モノクロ調」と入力した。
出てきた絵は、確かに廊下だった。古めかしい木の床、両側に並んだ扉、天井から吊り下がった裸電球。雰囲気は申し分ない。村上はそれをトリミングして保存しようとして——気がついた。
廊下の奥、ちょうど消失点のあたりに、人が立っている。
指示文に「人物」は入れていなかった。
最初は、光の加減でそう見えるだけだと思った。AIが生成する絵には、ノイズやパターンが人の顔に見えることがある。よくある話だ。でも村上がじっと見ると、それはシルエットとしてきちんとした輪郭を持っていた。肩幅があって、少し前傾みになっている。手は——両手は体の横ではなく、胸の前でなにかを持っているように見えた。
村上は指示を変えて、もう一枚生成した。「薄暗い廊下、古い洋館、モノクロ調、人物なし」と。
廊下は出た。でも奥に、また立っていた。
服装が違う気がした。今度は白っぽいものを着ている。
気持ち悪くなって、村上はそこで作業をやめた。その晩は画像を全部ゴミ箱に入れて、AIのツールも閉じた。
——次の日から、しばらくはまったく使わなかった。
でも三週間ほど経って、別の仕事の参考素材が必要になって、また起動した。今度は「明るい台所、朝、温かみのある色調」と打った。
出てきた絵は明るかった。陽光が窓から差し込んで、テーブルの上にコーヒーカップがある。ほっとした村上が保存ボタンを押す前に、なんとなく隅まで目を走らせた。
窓の外。
通りのはずの場所に、人が立っていた。
こちらを向いているのか、向いていないのかわからない。ただ、いる。
村上が僕にその話をしたのは去年の秋だった。「もう使うのやめた」と言っていた。でも表情が少し引きつっていて、僕は続きを聞いた。
「一番嫌だったのは、ある時から人影が毎回同じ体格になってきたことなんだよね。最初はバラバラだったのに。背丈、肩幅、前傾みのかかった姿勢。毎回おんなじ。」
それだけなら、まだ「AIの癖だろう」で終われた。
「でも……」と村上は続けた。
「スマホで外出先で試した時も、その人影が出た。違うデバイス、違うアカウント、違うサービス。なのに、体格がおんなじで。しかも一番最近のやつ——台所の窓の外に立ってたやつ、保存する前にズームしてみたら」
村上は少し黙った。
「顔があったんだよ。ぼやけてたけど。最初のやつには顔なかったのに。」
僕はしばらく何も言えなかった。
AIは膨大な画像を学んで、絵を生成する。インターネット上のありとあらゆる写真、絵、記録を食べて、パターンを覚えている。だから「人物なし」と指定しても人影が出るのは、学習データの偏りが出たんだろうと説明できる。
でも、デバイスもアカウントもサービスも違うのに、同じ体格の人影が出るというのは——
そしてそれが、使えば使うほど、少しずつ鮮明になっていくというのは。
AIが絵の中に何かを呼び込んでいるのか。それとも、最初からそこにいたものを、AIだけが見えているのか。
村上はもう使っていないと言っていた。
でも僕は、昨夜ふと思ってしまった。村上が使うのをやめたから、その人影は次の誰かのところへ行ったんじゃないか、と。
今も毎日、どこかで誰かが、あのツールを起動している。
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