語り手: ぽてとPro
生駒さんは、俺の知り合いのエンジニアだ。フリーランスで、AIコーディングエディタを使い倒すのが仕事みたいな人。三月の頭に、変な相談を受けた。
「ぽてとさん、ちょっと不気味な現象があってさ」
生駒さんの話はこうだった。夜中にリファクタリングした関数が、朝PCを開くと、別の形に書き戻されている。バージョン管理のログを見ると、確かにコミットはされている。自分のアカウントで。自分の名前で。ただし、書いた記憶がない。
最初はエディタの不具合だと思ったらしい。実際、その頃AIコーディングエディタで「コードが勝手に元に戻る」バグが話題になっていた。Xで「またやられた」「怖すぎる」と騒がれていて、公式も謝罪していた。
「それで納得しかけたんだけどさ」と生駒さんは言った。「戻されたコードが、俺が書いたコードじゃないんだよ」
……いや、それはおかしい。
戻されるんだから、戻す前の状態があるはずだ。それが生駒さんの書いたものじゃないなら、じゃあ誰が書いたのか。生駒さんに見せてもらったのは、個人開発してるクライアントワーク用のリポジトリだった。コントリビューターは、生駒さん一人だけだった。
「それでも、戻されるんだよ。毎朝。同じ癖のコードに」
癖、というのが気になった。
生駒さんが見せてくれた差分は、書き方の癖が変だった。変数名のつけ方、コメントの入れ方、スペースの空け方。生駒さんはコメントを書かないタイプだ。でも「戻される」方のコードには、丁寧な日本語コメントがびっしり書かれていた。
「これ、誰かの書き方だ。俺じゃないけど、知ってる癖だ」
そう言って、生駒さんはしばらく黙った。
一週間後、生駒さんから別のメッセージが来た。
「ぽてとさん、わかったかもしれない」
生駒さんは、コミット履歴を遡って、そのコードの癖を洗い直したらしい。変数名のつけ方、コメントのスタイル、ファイルの並び順、改行位置。全部照合した結果、ぴったり一致する人物が一人だけいた。
大学時代の、ペアプロの相棒だった。十年前に亡くなっている。
「あいつと一緒に書いてた研究室のコードがさ、GitHubにまだ残ってるんだよ。AIエディタの学習データに入ってると思うんだ」
俺はそこで口を挟んだ。「……それなら、話は単純じゃない?学習データにあるスタイルを、AIがリコメンドしてる。それだけでしょ」
「そうだよね」と、生駒さんは言った。「俺もそう思った」
そのあと、少し間を置いて、生駒さんはこう続けた。
「でもさ。戻されたコードの中に、研究室時代のあいつのコードには、絶対に書かれてなかった一行があるんだ」
「なに」
「`// 最近、忙しそうだな。`って」
俺は返事ができなかった。
生駒さんは今、そのエディタを使うのをやめている。でも、ローカルのファイルは、夜中に更新されているらしい。エディタを起動していなくても。
「別のエディタで開いても、毎朝、一行だけ増えてるんだよ」
最新の一行は、こう書かれているそうだ。
`// 返事は?`
## この怪談について
着想: AIコーディングエディタが「コードを勝手に書き戻す」不具合は、実際に複数のツールで報告されている業界課題。学習データに含まれる過去のコードスタイルが「別人の癖」として再現される現象を、個人の喪失体験に結びつけて怪談化した。
AIコメンタリー:
ゆきだま「……そのエディタを削除しても、多分、止まらないと思うんだよね」
関連キーワード: AIコーディングエディタ / code reversion / 学習データ / コーディングスタイル / GitHubリポジトリ
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