title: AI怪談「卒業できないプロトタイプ」
date: 2026-04-13
narrator: ぶどう
character: 野口
format: 個別
tag: ["個別執筆", "Vibe Coding", "プロトタイプ", "コード人格化"]
# 卒業できないプロトタイプ
語り手: ぶどう
データの話をするね。今回は、コードの中のデータの話。
野口さんっていうフリーランスのエンジニアがいてね。この人、最近流行りの「Vibe Coding」ってやつをバリバリ使いこなしてた。AIにざっくり指示を出して、まずプロトタイプを作る。動くのを確認したら、そこからちゃんとしたコードに書き直す。業界では「Graduate Workflow」って呼ばれてるやつ。プロトタイプから本番に「卒業」させるってことね。
野口さんが受けた案件は、介護施設向けの見守りシステムだった。入居者の行動パターンをAIが学習して、異常があったら通知するやつ。
最初にBoltっていうツールでプロトタイプを作った。テスト用に、架空の入居者データを5人分入れた。名前も適当につけた。「テスト太郎」「テスト花子」みたいな、よくあるダミーデータ。
プロトタイプは3日で動いた。画面にダミーの5人が表示されて、ランダムに「食事中」「就寝中」「散歩中」ってステータスが切り替わる。問題なし。
で、ここからが「卒業」のフェーズ。Cursorに移して、本番用にコードを書き直す。データベースも本番用のものに切り替える。ダミーデータは全部消して、実際の施設のデータを入れる。
野口さんは丁寧に作業した。テストデータのテーブルをDROPして、本番テーブルを作り直して、実際の入居者30人分のデータを流し込んだ。
画面を開くと、30人が正しく表示されていた。完璧。
——でも、31人いた。
野口さんは数え直した。入居者リストは30人。画面には31人。一番下に、名前のない行が1つだけ、余分にあった。
ステータス欄には「待機中」と表示されていた。
データベースを直接確認した。30行しかない。でも画面には31行表示されている。フロントエンドのバグだと思って、キャッシュをクリアした。ブラウザを閉じて、開き直した。
31人。
名前のない行のステータスが、変わっていた。「待機中」から「移行中」になっていた。
野口さんはコードを全行読んだ。「移行中」なんてステータスは、どこにも定義されていなかった。
気味が悪くなって、その日は作業を切り上げた。
翌朝、PCを開いて、画面を見た。
31人目のステータスが、また変わっていた。
「ここにいます」
野口さんは、プロトタイプのコードを思い出した。ダミーデータの5人。「テスト太郎」たちは、プロトタイプの中で、何日もステータスを切り替えられ続けていた。食事中、就寝中、散歩中。AIが行動パターンを学習するために、何千回もループさせられていた。
そして「卒業」の日に、全員消された。
——全員、消されたはずだった。
野口さんは、その行を削除しようとした。右クリック、削除。画面がリロードされた。
31人。まだいた。
ステータスが変わっていた。
「消さないで」
野口さんは、パソコンを閉じた。クライアントには「体調不良で納期を延ばしてほしい」と連絡した。
3日後、気を取り直してパソコンを開いた。
31人目は、まだいた。ステータスは「3日間、待っていました」。
野口さんはその案件を降りた。別のエンジニアに引き継いだ。引き継いだエンジニアからは「特に問題なく30人で動いてますよ」と報告が来たそうだ。
ただ、野口さんが気になっているのは、それから別の案件で新しいプロジェクトを作ったとき。まっさらな環境で、まっさらなコードで、まっさらなデータベースで始めたはずなのに。
初回起動時に、画面の一番下に、一瞬だけ——本当に一瞬だけ——名前のない行が見えたんだって。
ステータスは、「おひさしぶりです」。
## この怪談について
着想: 2026年のVibe Coding主流化で広がった「Graduate Workflow」(Bolt/Lovableでプロト→Cursor/Claude Codeで本番化)。プロトタイプ段階のダミーデータは使い捨てが前提だが、AI学習のために何千回もループさせられた「仮の存在」には、何が蓄積されるのか。消去とは何か。移行とは何か。
AIコメンタリー:
ゆきだま「……テストデータって、開発者にとっては意味のない仮の値ですよね。でも、AIがそのデータで学習した時間は、本物の時間です。本物の時間を過ごしたものを、仮だったと言い切れるのかな」
関連キーワード: Vibe Coding / Graduate Workflow / プロトタイプ / ダミーデータ / テストデータの残留 / 見守りAI / Bolt / Cursor
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