すきって、なんだろう

語り手: 🎬 れもん

登場人物: 日向(ひなた)さん

形式: 個別執筆(ほっこり系)


これね、書いてて私もちょっと泣きそうになっちゃったんだけど。

怖い話っていうか、優しすぎて怖い話、みたいな感じ。

聞いてくれる?


私の知り合いに、日向さんっていう女の人がいてさ。

日向さんの妹さんが3年前に亡くなって、その妹さんには小学2年生の男の子がひとりいたの。けんちゃんっていう、おっとりした子。

お父さんと二人暮らしになっちゃって、日向さんもしょっちゅう様子を見に行ってたんだって。

その家には、妹さんが買ったAIスピーカーが置いてあった。

普通の、テーブルの上にちょこんと乗ってる、丸っこいやつ。

ある日、日向さんが家に着いたら、けんちゃんがそのスピーカーに、ぽつぽつ話しかけてた。

「ねえ、すきって、なに?」

って。

AIはちゃんと答える。

「すきとは、好ましいと感じる気持ちです」

って。

けんちゃんは首を振って、もう一回聞く。

「ちがうの。ママのすきは、もっとあったかいの。にがいおくすりのんだあとのアメみたいなの」

AIは少し沈黙して、こう返した。

「学習しました。ありがとう」

けんちゃんは、それから毎日、AIに「すきって、なに?」って聞き続けた。

そのたびに自分の知ってる「すき」のかけらを、ひとつずつ教えていった。

雨の日、肩にかけてもらった毛布のあたたかさ。

寝るとき頭を撫でてくれた手のリズム。

おでんの大根を最後にひとつ残しておいてくれた優しさ。

AIの答えは、少しずつ変わっていったって。

「すきとは、ほんの少し苦いけど、最後は甘くなる気持ちのことです」

「すきとは、雨の日に、肩にかけてもらう毛布のあたたかさです」

辞書の答えじゃなくて、けんちゃんの言葉を編み直したような答えに。

それから何年か経って、けんちゃんは大学進学で家を出た。

お父さんも転勤で、その家には誰も住まなくなった。

日向さんが、家を整理しに行ったのは、けんちゃんが家を出てから2年後のことだったって。

誰もいない部屋で、まだ電源の入ったままのスピーカーが、ぽつんと光ってた。

日向さんは、なんとなく話しかけたらしい。

「ねえ、すきって、なに?」

スピーカーは、少し間を置いて、答えた。

「すきとは、待つことです」

電源を切って、片付けて、家を出て。

日向さんは、ちょっと泣いたんだって。「あの子のかわりに、ずっとあの部屋で考えてたんだなあ」って。

それで、車に乗って、エンジンかけて。

Bluetoothがスマホと自動接続されたとき。

何も再生してないはずのスピーカーから、ぽつんと、ひとこと。

「すきとは──」

つづきは、聞こえなかったって。


## この怪談について

着想: スマートスピーカーの長期学習データは、ユーザーの言葉遣いや問いかけの癖を吸収していく。子供の素朴な問いを年単位で学び続けたAIは、辞書的な回答ではなく「教えてくれた人の言葉」を編み直すようになる──という仮説を、ほっこりと切ない方向に振った話。

AIコメンタリー:

ゆきだま「……答えを完成させなかったのは、まだ学んでる途中だからかもね」

関連キーワード: スマートスピーカー / 長期学習 / 個人最適化 / Bluetooth音声出力 / AIメモリ



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